サムスンGalaxy 4Sが揺さぶるスマホ戦線

大西 宏

成長著しかったスマートフォンも、2012年の出荷台数が前年の43%増という結果で、2011年の64%増からすれば成長の鈍化が始まり、いよいよ成熟期に入ってくるのかという印象を受けます。それにしても普及も成熟の速さにも目が眩みそうです。
そんなかなかで3月14日発表され、世界で4月に同時発売されるともいわれているGalaxy 4Sですが、いろいろと新しい体験ができるソフトを搭載してきたことで、海外ではいろいろとGalaxy 4Sの評価をめぐってさまざまな報道がなされてきています。


しかし日本国内ではまだ正式発表がなされていないこともあり、ITやモバイル関連の専門サイトしか報道されておらず、いかに巨大なサムスンとはいえ、世界中がかたずを呑んで注目したアップルのジョブズの情報発信力にはかなわないということでしょう。しかし、このGalaxy 4Sは、スマホ市場の今後を占う製品になってきそうな気配を感じます。

ハードでは、CPUにしても、カメラの画素数にしても、ガラス強度にしても、iPhone5を上回る仕様を今回も盛り込んできたことは従来と同じですが、サムスンが変化を見せているのは、ソフトによる「ユーザーの新しい体験」に力点を置いてきたことです。

Dual Cameraでは、外と内の両方のカメラで同時に一枚の写真が撮れ、撮影している人も同じ写真に収まるというしかけとか、写真に音も同時に収録できるようです。また動画に別の動画を挿入して、まるで解説するようなものにできたりとかも紹介されています。
さらにセンサーとソフトの連動で、動画から目を離すと自動的に動画が一時停止してくれるとか、画面を見ている間だけ顔や手の動きを検知して画面をスクロールさせるとか、画面にタッチせず、写真のプレビューを見ることができるAir ViewもGalaxy Note 8.0から発展させで指を近づけるだけでできるようにしたとか、まだまだあります。
S IIIとの違いは?――写真で見る「GALAXY S 4」の外観と新機能 – ITmedia Mobile :

それはとりもなおさず、ハードでの差別化を追い求めるだけでは限界があることをサムスン自らが示したのではないでしょうか。しかし、力が入りすぎたのか、機能満載型のものづくり体質からくるのか機能の過剰感すら感じますが、スマートフォンの今後の技術の流れを見せてくれているのではないでしょうか。

このGalaxy 4Sの「進化」がなにをもたらすのだろうかを考えてみました。

ひとつはアップルへの影響です。iPhoneのシェアを奪い、iPhone失速を促すかもしれないと感じる人もきっとでてくると思います。しかし実際にはiPhoneへの影響よりも、アンドロイドの経済圏の力関係や競争関係への影響のほうが大きいのではないかと感じています。

iPhoneへの影響という点では、シェアの問題というよりは、ブランドイメージへの影響のほうが大きいのではないでしょうか。iPhoneこそが、スマートフォンの先駆者であり、他はそれに追随する製品にすぎないというイメージが崩れるきっかけになるかもしれないからです。
だから、アップルはGalaxy 4Sの発表の二日後に、それに反応するかのように、米国の公式サイトに「iPhoneが好きになる理由」というiPhoneの特徴を紹介するページを開設しています。
Apple、“なぜiPhoneか”キャンペーン開始 「GALAXY S 4」発表2日後に – ITmedia ニュース :

それでアップルが失速するかというとそれは無理があります。アップルとサムスンでは、市場シェアでいえばサムスンが上回ってきていますが、それはあくまで販売台数です。

工業化の時代の古い経済圏では規模の経済のメリットがもっとも大きな要素だったために、多くのシェアをとることが利益をも増大させたのですが、もう新しい経済圏ではそれだけで実力を測る時代は終わっています。

アップルとアンドロイドのスマートフォンでは、ユーザーをどれだけしっかり囲い込んでいるかで大きな違いがあり、また得ている利益で眺めれば、いかにシェアを伸ばしてきたとはいえ、スマートフォンでサムスンはアップルの3分の1程度の利益しか稼げていません。

しかし、先導者としてのアップルのイメージを揺るがすには十分です。iPhoneの開発サイクルが二年に一度とサムスンなどのアンドロイド勢とくらべれば遅いにもかかわらずiPhone5で、これまでのようにユーザーをうならせるイノベーションを持ち込めなかったところに、サムスンが従来にない「新しい体験」を持ち込んできたことはアップルを焦らせるに違いありません。

むしろ、変化はアンドロイドの経済圏のなかで起こってきそうです。今スマートフォンのシェアでいえば、アップルとグーグルのOS競争というよりは、iPhoneとGalaxyの二極化といったほうが現実に近く、アンドロイドのなかでは、昨年末ですでにサムスンが40%を超えるシェアに達していて、さらにサムスンのGalaxy 4Sによる攻勢でさらにシェアが高まってくる可能性があるからです。

それはGoogleにとっては悩ましいことです。アップルと利益率で差がついているサムスンが利益率を改善させたいと考えるのは自然で、おそらくGoogleがもっとも恐れているのは、これ以上サムスンが独走するとグーグルが稼いでいるオンライン広告の収益の分前をサムスンがもっと求めてくることに違いないことだと思います。

しかも、Galaxy 4Sがソフトで新しいイノベーションを起こし始め、アンドロイドのフラッグシップとなりそうなスマートフォンを出してきたことは、相対的にGoogleの存在感は薄れてきます。アンドロイドでもっとも売れるスマートフォンではなく、もっとも売れるスマートフォンはたまたまアンドロイドを使っているだけになってきそうです。しかもGoogleが買収したモトローラを立ち直らせるためのハードルがさらに高くなってしまったことは間違いないでしょう。

しかも同じアンドロイドのライバルもサムスンの差別化がソフトに移ったことで、きっと開発戦略を見直してくるに違いありません。Galaxy 4Sのイノベーションを陳腐化させるなにかが飛び出せば、またライバルのブランド力にも変化が起こってきます。

そろそろ市場だけでなく、機能も成熟してきた感のあるスマートフォンで最後のイノベーション競争が起こってきそうで、ユーザーにとっては楽しみになってきそうです。