選挙が違憲無効になるとき --- 岩瀬 大輔

アゴラ

広島高裁で昨年12月に実施された衆院選に関する違憲無効判決が出ました。これまで「違憲」「違憲状態」という判決は何度も出ていたものの、「選挙が無効」としたのは初めてであり、画期的。「政治的な混乱を避けるため、今年11月27日に効力が発生するとして8カ月の猶予期間を設けた」とのこと。


本件については、恩師・伊藤真先生を筆頭に、何人もの仲間が加わっているため、固唾をのんで見守っている。これまで、ブログでも何度も力を入れて取り上げている。

・ 一人一票の実現 ─ アゴラ
・ この国を確実によくするために次の総選挙でできること ─ アゴラ

現在起きている本質的なパラダイムシフト、地殻変動は、司法府が立法府・行政府とのパワーバランスにおいて、より積極的化、あるいは強くなりつつあることだ。

そもそも最高裁が戦後長らく一票の格差を積極的に是正しようとしなかった背景には、純粋な法理論の問題ではなく、まだ社会主義・共産主義の脅威が我が国でも現実のものとして残っていた戦後において、格差が劇的に是正されることで都市部の票が重くなって左翼政党に流れるという政治的な事態を恐れる考えがあったことが、当時の関係者の証言から伺える。

「冷戦たけなわの時代にあっては、司法が定数訴訟において『広範な裁量権』の論理を用いることにより立法府に寛容な態度を示し続けることに対し、我が国の地政学的位置等から、内外の安定の重要性を第一に考え、公職選挙法の根本的改正につながるような事態を避けようとする考えに合致するとして黙認する風潮があったのかも知れない」(福田博・元最高裁判事)

「60年代安保まで、インテリには社会主義が選択肢として残っていた。(格差訴訟で)体制を変える判決を政治家でもない最高裁判事は書けないだろう」(憲法学者の安念潤司・成蹊大教授)

特に、元最高裁長官による次の発言は、三権分立がわが国においては建前に過ぎなかったことをうかがわせる。

「皆さんは、戦後の裁判所をご覧になって『違憲立法審査権をもっと行使すべきだ』とおっしゃるけれども、今まで二流の官庁だったものが、急速にそんな権限をもらっても、できやしないです。」(矢口洪一元最高裁長官(85年~90年))

当事者ですら、「二流官庁」との認識だったとは。

しかし、一票の価値の問題については、理論的にも実体的にも、司法は受け身ではありえない。

「民主主義国家にあっては、司法は、国民の代表たる議会の行った立法の相当性に立ち入って審査すべきではなく、また、違憲判断も慎重であるべきである。
(略)しかし、それは選挙制度を中心とする民主主義のシステムが正常に機能し、全国民が投票所で正当に意思を表明できることができ、その意思が議会に正当に反映される仕組みになっているということが前提となっている。(略)選挙制度の構築、特に投票価値についてまで議会が広範な裁量権を有することになっては、議会に対する立法裁量付与の大前提が崩れることになる」(泉徳治判事、2004年1月14日最高裁大法廷の少数意見)

そして、最後に。今回、このようなムーブメントが起きているのは、時代環境の変化以上に、「一人一票実現国民会議」が訴訟提起とマスメディア広告を使った、巧みな活動を行っているからだ。現在の定数割を支持する最高裁判事に対しては、最高裁裁判官の国民審査投票において不信任をつけよう。そんな動きが、生身の人間である裁判官に対して大きなプレッシャーにもなった。

ひとりひとりが行動することで、社会を変えうる。ややもすれば理想論に聞こえるかも知れないが、数名の法律家たちが、これを身をもって示してくれているわけだ。


編集部より:このブログは岩瀬大輔氏の「生命保険 立ち上げ日誌」2013年3月26日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方は岩瀬氏の公式ブログをご覧ください。