ムードだけの賃上げは「人件費のバラマキ」である --- 山元 浩二

アゴラ

安倍政権が企業側に従業員の賃金アップを要請し、ローソンの新浪社長がいち早く呼応して正社員の年収3%アップを決めました。その後も、メガネ専門店のジェイアイエヌも正社員の年収6%アップを発表するなど、大企業では、賃上げの動きが少しずつ広がりを見せ始めているようです。
 


従業員の懐が温かくなり、景気回復の機運がさらに高まることは良いことです。その一方で、企業側も頭の痛い問題を抱えています。高齢者雇用安定法の改正により、今後、定年を迎えた従業員が希望した場合には65歳まで雇用を継続するよう企業に段階的に義務付けられます。すでにNTTグループが40~50歳代の賃金を抑制して継続雇用の原資に充てる方向になったように、企業側が人事・給与制度の設計に苦悩しています。弊社も最近あるテレビ局の記者からこの問題で問い合わせがあり、世間やメディアの関心が高まっていると感じます。
 
●働きぶりは人さまざま
私個人は定年制そのものに疑問を持っており、老若男女、年齢に関係なく個人の仕事ぶりとその成果に応じた報酬形態をとることが本筋だと考えます。さすがに現実に定年制撤廃は難しくても、高齢者の雇用確保をするために若い世代の雇用や40~50代の給与を一概に犠牲にする方向になし崩しで傾いたりするのには違和感があります。
 
会社で40~50代ともなれば、すでに管理職、場合によっては役員クラスと人を動かす立場の人も多いことでしょう。反面、社内でのポジションや評価は硬直的な会社も多く、同期の社員でも係長から役員クラスまで格差が開くなど、仕事への取り組み方、モチベーションは違うはずです。
 
以前、日経新聞で紹介されていた「50代社員に関する調査」結果は、実態を探る上で参考になります(企画・株式会社日本マンパワー、実施・株式会社マクロミル)。注目したいのは、50代社員と人事担当者の意識の大きな差です。たとえば、「仕事をする上で自分自身の強みや弱みについて正しく把握できている」という問いに対し、「あてはまる」「少しあてはまる」と答えた50代社員は6割を超えました。ところが人事担当者の回答は3割余。つまり自分自身の認識と企業が見た認識でギャップが倍に上ったのです。
 
また、ベテラン社員の重要な役回りの一つは後進の育成です。「自分しか知らない仕事のノウハウを、部下や後輩に対して伝えようとしている」という設問でも、50代社員の半数以上が「あてはまる」「少しあてはまる」と考えているのに対し、人事担当者は半分にも届きませんでした。技能継承の課題は中小企業では死活問題にもなり得ます。

かつて私は、社員が10名弱の板金塗装業者のご相談に乗ったことがありますが、そこでは技術を覚えた社員がすぐに辞めることが悩みでした。原因を探ってみると、実は社長が社員に高度な技術を教えるのを嫌がり、見切りを付けた社員が次々に去って行ったのでした。この件は社長に原因がありましたが、もう少し大きな会社であれば40~50代のベテラン社員が後進の指導役です。しかし、“自分しか知らない仕事のノウハウ”を教えてしまうと、自分自身の存在感や会社からの評価が低くなると勘違いし、出し惜しみをするため、若手への技能継承が一向に進まない、ということが多く見受けられます。
 
●「人件費のバラマキ政策」は……
では、一時期はやった成果主義一辺倒がいいのか。デフレ、低成長時代の昨今ではその弊害しか出てきていないのはご存じのとおりです。何より「“お金を”一番のモチベーションに動く社員は“お金”で競合に引き抜かれる」ことがままあります。12年間、人事評価制度のコンサルティングに携わり、初期は成果主義的な人事評価制度を導入支援したこともありましたが、すべてうまくいきませんでした。

これは私の手法ですが、企業に経営計画書をきちんと作っていただき、会社の理念やビジョンを理解・共有・実践しているのかを最大の評価指標にします。そして個々のポジションに合わせた役割を明確にし、評価に落とし込むのです。ベテランの方の場合、後進の育成や成長度合いも評価の対象になります。自分の業績ばかりを考えている40代のリーダーは一定のラインで昇給はストップ、逆に定年間際の平社員でも組織全体を見据えて戦略的に動き、貢献している人は昇給します。
 
人事コンサルタントの方の手法は色々ありますし、企業規模や組織形態によって改善のアプローチは異なることでしょう。しかし組織全体の視点から成果を生み出すことに貢献しているのかどうかという観点は、どんな組織でも必要なはずです。景気回復を名目に社会的ムードで個々人の評価とはリンクしていない賃上げといった動きを見ていると、もう少し冷静な議論が求められる気がします。私には、企業の“人件費バラマキ政策”としか映らないのですが……。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

山元 浩二(やまもと こうじ)
日本人事経営研究室株式会社 代表取締役
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