社会保障国民会議は何をしているのか! --- 河合 雅司

アゴラ

「やはり」と言うしかない。政府の社会保障制度改革国民会議の存在感の薄さだ。

社会保障制度の抜本改革策をまとめるという極めて重要な役割を担っているのに、会議が開かれていることすら知らない人が多い。

これまでに何度か開かれた会議の中身を見る限り、利害関係団体からのヒアリングに多くの時間が費やしている印象だ。いまさら、関係団体を集めて、何を聞こうというのか。


社会保障制度改革国民会議の委員はこの道のプロである。どの団体がどういう主張をしてきたかくらい事前に理解してメンバーになったのではないのか。

社会保障改革に関する同様の有識者会議は、歴代政権下で繰り返し設けられてきた。改革メニューはおおむね出尽くしたと言ってよい。

少子高齢化が進み、社会保障を取り巻く状況は極めて厳しくなった。社会保障制度改革国民会議に期待されるのは、「議論のための議論」ではなく、出尽くした改革メニューの中から、現実的な政策としてどのメニューを選び出すかであろう。仮に、選んだメニューが、新たな問題を伴うのであれば、それをどう解決するかを提言することだ。

国民会議に与えられた時間は多くはない。社会保障制度改革推進法は、社会保障制度の抜本改革について、国民会議で議論し、1年以内に法制上の措置を講じるよう定めている。つまり、今年の8月21日がタイムリミットである。こんな議論の進め方では、到底間に合わないことぐらい、当人たちのほうが分かっているはずだ。

なぜ、こんなことになってしまったのか。

一言で言えば、政治の側にやる気が見られないのである。安倍晋三首相は「参院選でも『こういう基本姿勢でやりたい』と堂々と述べたい」と先送りしない考えを強調するが、甘利明一体改革担当相は、8月21日までの対応について「法案成立まで求められていない」と早くも予防線を張っている。

そもそも、国民会議をめぐっては、当初から「増税先行批判をかわすためのアリバイ組織」との指摘が強かった。「『社会保障改革のことも決して忘れているわけではありません。専門家に検討してもらっているところです』と言い訳するだけの組織にすぎない」というわけである。

民自公の三党合意で設置された組織とはいえ、自民党が野党時代のことである。「人選を含めて思い通りにならなかったところも多い」(ベテラン議員)との声も漏れる。自民党の本音は、「本格的議論は参院選後」ということだろう。「選挙前に痛みを伴うような改革案など示せるわけがない」(中堅議員)と思っているのだ。

昨年末の総選挙における民主党の大惨敗が、党内のこうした雰囲気を拡大させた。安倍内閣の支持率が高止まりしていることもあり、「このままなら参院選は圧勝。ねじれ国会解消も夢ではない」との思いは強くなっている。

こうなると、「参院選の結果次第で分裂や消滅しかねない民主党とここでまじめに議論しても仕方ない」といった声が出るのも自然の流れである。「社会保障改革は、参院選後に日本維新の会などを入れて仕切り直し」といった意見の台頭だ。

政治的な後ろ盾を失った有識者会議ほど心許ない存在はない。永田町の空気を読むことに長けた官僚たちが動くはずがない。もしかしたら、団体からのヒアリングぐらいしか、やることがないのかも知れない。こうして、国民会議はさらに軽んじられていく。

だからと言って、国民会議の議論がこのまま低調であっていいはずがない。

議論すべきテーマは山積している。例えば、一体改革で置き去りにされた医療・介護制度だ。高齢者医療費の伸びで、健保組合や協会けんぽの財政はアップアップだ。このままでは高齢者、勤労者ともに行き詰まる。

一方で、政府が医療費抑制策として掲げる「施設から在宅へ」という方針も本当に現実的なのか怪しい。すでに3分の1が1人暮らし世帯だ。4割となる日も近い。多くは高齢者世帯である。しかも、高齢男性の独居が凄まじい勢いで増えると予想される。在宅医療や在宅介護は家族の支えに拠るところが大きいが、霞ヶ関の机上の計算通りに「在宅」は機能するのか。

さらに緊急に議論すべきテーマが浮上した。TPPである。安倍首相は「公的医療保険制度の在り方は議論の対象になっていない」とか、「皆保険は守っていく。主権の問題だ」と繰り返すが、果たして、将来にわたって交渉テーマにならないと言い切れるのか。

一方で、日本の医療関係者が主張するように国民皆保険の崩壊を避けるためだとして、仮にTPPという〝黒船〟を撃ち払ったとしても、それで国民皆保険が守り続けられるということにはならない。

少子高齢化による影響が深刻だからだ。国家財政を考えた時、税投入を増やして制度を支え続けることには限界がある。いまの公的医療保険は大きな改革を加えない限り、やがて成り立たなくなるであろうことは、多くの国民が直感的に分かっている。

公的医療保険でカバーする範囲を今のまま続けようとしたら、どれだけ負担を増やさなければならないのか。反対に、少子高齢化に合わせて範囲の線引きをし直すとしたら、どういう線の引き方があるのか。健康寿命を延ばすための方策とセットで考えることは可能なのか。いずれにしても、国民会議としての答えが聞きたいところだ。

そうでなくとも、政府の規制改革会議が、いち早く混合診療の範囲拡大を検討テーマに掲げた。きちんと国民にデータを示しながら、国民会議としての結論を導き出すべきなのである。

「問題先送りの政治」に翻弄され続けたのでは、この国の社会保障制度は手遅れとなる。今からでも遅くはない。どういう改革をすれば、外圧や少子高齢化から「国民皆保険」を守ることが出来るのか。根本的な問い掛けに答えることで存在感を示してもらいたい。

河合 雅司
政治ジャーナリスト


編集部より:この記事は「先見創意の会」2012年4月2日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。