著者:野中 尚人
出版:日本経済新聞出版社
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「決められない政治」が批判されて久しい。最大の問題は衆議院の優越が不十分な二院制など憲法の欠陥にあるが、これを改正することは不可能に近い。小選挙区制が悪いという批判もあるが、首相が毎年代わるようになったのは2000年代に入ってからだ。最大の問題は、国会至上主義によって議院内閣制が機能していないことだ、というのが著者の見立てである。
日本では、閣僚が国会に1日中しばりつけられる。野田首相は、就任中に130日間も国会に出席し、その間は国際会議も出られない。このため、国会以外のスケジュールが異常に過密で、会議や面会も15分ぐらいしかない。これでは「内閣を統括する」という首相の役割が果たせず、官僚の時間も大部分が国会の答弁づくりや待機といった非生産的な業務に費やされる。
日本人は、国会は「国権の最高機関」だから当たり前だと思うだろうが、これは世界の他の国にはない「ガラパゴス国会」である。ヨーロッパでは、首相が議会に出てくるのは党首討論のときだけで、閣僚も担当する法案が審議されているときしか議会には出てこない。ところが日本では閣僚が国会にずっと拘束されているため、日常業務は事務次官が仕切り、閣議はそれに「花押」を推すだけのサイン会である。
この国会至上主義は、戦前の議会が軍部をコントロールできなかった反省によるものだと著者はいうが、私は政治家を国会に「監禁」して日常業務から隔離するために官僚が仕組んだのではないかという気もする。結果的に閣僚は官僚のロボットで、内閣は完成した法案を1字も修正できない。しかも提出した法案の審議日程さえ内閣が決めることができず、「国対」という非公式の場で決まる。
このように政府の権限が弱く国会の権限が異常に強い制度は、法律で決まっているわけではなく、55年体制でできた慣例だという。そこでは自民党の出した法案は採決すれば必ず通るので、野党の唯一の抵抗手段は審議拒否で国会を引き延ばしたり、会期切れで廃案に追い込むことだけだった。議院運営委員会は全員一致なので、自民党も議事日程で譲歩して重要法案をスムーズに通した。
このコンセンサス重視の構造は、かつての日本的経営に似ている。これは55年体制(高度成長期)のような「平時」にはよかったが、政権交代やねじれ国会で利害が対立する「有事」には意思決定が麻痺してしまう。これを是正する改革として本書は、国会に閣僚をベタに拘束しない、法案を会期切れで廃案にしない、政府が審議日程を決める、など具体的な提案をしている。
政治改革といえば憲法や選挙制度ばかり話題になるが、今の国会は自民党が万年与党だった時代の慣例がそのまま受け継がれており、「強いリーダーが出てこない」という嘆きも、リーダーの力を弱める制度によるところが大きい。憲法を変えなくても、政治家自身の改革で「決められる政治」は実現できる。