資本主義という暴力 - 『経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える』

池田 信夫

経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える経済と人類の1万年史から、21世紀世界を考える [単行本]
著者:ダニエル・コーエン
出版:作品社
★★★☆☆


現在の日本は悲惨な状況にあるので「デフレ脱却」のためには手段を選ばない、というのが現政権の政策のようだが、世界史の中で見ると今の日本ほど平和で豊かな状態は1/10000にも満たない幸福な時期だろう。本書もいうように、人類の歴史のほとんどはマルサス的な飢餓状態だった。そんな中で西洋だけが18世紀ごろから爆発的な成長を遂げた原因は、疫病と戦争である。

14世紀に流行したペストで全欧の人口は1/3も減り、土地に対して過剰だった農奴は、逆に稀少な資源となった。彼らは封建領主から解放されて都市に集まり、都市国家を形成した。都市はもともと土地から排除された貧農が集まる場所で、衛生状態は悪く死亡率は高かったが、都市に集まった貧民が領主を逆に収奪し、互いに戦争を繰り返して統一国家が形成された。

このように中世のヨーロッパは飢餓と暴力の続く時代だったので、人々は海外に逃げ場を求めた。特に「新大陸」の発見によってヨーロッパの支配地域は劇的に拡大し、アジア・アフリカにも植民地支配を拡大した。このように他民族を戦争で支配して植民地にするという発想はヨーロッパ以外にはなかったもので、その資本を調達するシステムとして資本主義が生まれた。

このように資本主義は、暴力装置の一部として生まれたので、その発展にはつねに暴力的な性格がつきまとう。富める者は資本をさらに蓄積して豊かになり、貧しい者はグローバルな競争にさらされて賃金は生存最低限まで下がる――というマルクスの予告した未来像は、「年収1億円と100万円に分化する」という柳井正氏のビジョンと同じだ。

主権国家や民主主義も、同じく内戦を抑止する暴力装置として生まれたものだから、資本主義と同じく血にまみれたシステムだ。このような暴力は先進国では抑圧されたが、途上国では激化している。アルカイダに代表されるテロリズムは、300年ぐらい前にヨーロッパ人が行なった暴力の応酬を「速回し」しているだけで、かつての大量殺戮に比べればかわいいものだ。

このように資本主義も民主主義も、伝統社会を暴力的に破壊して生まれたシステムだから、暴力なしでは実現しない。その唯一の例外が日本だが、このような奇蹟がそう長く続くとは限らない。憲法改正も、96条のような手続き論よりも、日本の安全保障をどう確保するかという実質的な戦略から議論したほうがいいのではないか。

本書は最近の「暴力史観」のダイジェスト版としては便利だが、オリジナルな話はほとんどない。著者はレギュラシオン派の代表的な論客なので、ヨーロッパの歴史叙述はおもしろいが、後半のアジアや新興国についての話は表面的で、21世紀の展望が「サイバーワールド」についてのありきたりな話で終わるのは陳腐である。