非正社員の敵はどこにいるのか

池田 信夫


非正規労働者のメーデーというのがあったそうだ。田中龍作なる自称ジャーナリストによると「竹中平蔵センセイ率いる産業競争力会議が提唱する『解雇規制の緩和』は、参院選後の秋の国会に向けて本格的に検討されるようだ」とのことで、規制強化を求めてデモが行なわれたというが、彼らは敵を間違えている。

解雇規制を緩和すれば非正規は増える。賃金のアップは太陽が西から昇ってもありえない。リストラをすれば企業の内部留保は増え株価はあがる。 アベノミクスが招来するのは、1%の富裕層がさらに豊かになり、99%は底なしの貧困に落とし込まれる社会だ。

と田中氏はいうが、そもそも解雇規制は非正社員に適用されない。彼らは契約が終わったら「雇い止め」されるだけで、解雇する必要なんかないのだ。「正規社員には危険手当が出るが、非正規には出ない」などという差別も正社員の特権だ。こうした身分差別の最たるものが解雇規制であり、それをなくして社員を雇いやすくすることが緩和の目的だ。

日本社会の本質的な問題は、こうしたインサイダーとアウトサイダーの身分格差が極限まで拡大し、しかもその負担が将来世代に転嫁されていることだ。先日、アゴラチャンネルでノア・スミスが「日本の若者はどうして暴動を起こさないのか?」ときいたが、前にNYタイムズのファクラー支局長も同じことを言っていた。彼らから見ると、今の日本の若者の置かれている状況は「70年代のイギリスと似ている」という。

当時のイギリスでは10%を超えるインフレが続き、鉄道や炭鉱などの何ヶ月にもわたるストライキで社会が麻痺し、若年失業率は20%を超え、職のない若者が「パンク」となってロンドン市街で暴動を繰り返した。それを象徴したのがセックス・ピストルズの”God Save the Queen”である。女王を「ファシスト」と罵倒するこの歌はもちろん放送禁止になったが、このような社会不安がサッチャー政権を生み、イギリスの政治は大きく変わったのだ.

日本でも幕末には、生活に困窮した下級武士が立ち上がり、福沢諭吉は「門閥制度は親の敵で御座る」と身分差別に怒った。しかし現代の日本では、最大の被害者である若者は見当違いのデモをし、他方では在特会のネトウヨがパンク的な民族差別を繰り返している。音楽もAKB48のように商業主義丸出しで、パンクもインディも出てこない。

安倍政権に翼賛して「デフレ脱却が改革の必要条件だ」と称するリフレ派が、こういう本質的な問題から若者の目をそらせようとしているのだとすれば、彼らのねらいは当たっている。左翼までそれにだまされて解雇規制の緩和に反対するようでは、日本の未来はますます暗くなりそうだ。