観ながらなぜだか途中から涙が止まらなかった。
高校中退で郵便局員の夫と、大学院卒で図書館職員の妻。
二人がぴったり寄り添って、公務員としての給与でニューヨークの小さなアパートにつつましく暮らしながら、40年をかけて世界屈指の現代アートのコレクションを築き上げた物語。
ハーブ&ドロシー・ヴォーゲル夫妻。
妻の収入を生活費にあてて、夫の収入をすべて現代アート作品の蒐集にあてた。多いときは、週に25もの展覧会に足を運んで。売れる前の若い芸術家たちと親しくなり、気にいった作品を安く買い集めた。その数は、4000点にものぼる。
ヴォーゲル夫妻はいつからか、現代アート界では有名な存在になっていた。彼らが展覧会のレセプションに足を運ぶと、皆が握手を求めて寄ってくる。アーティストたちにとっては、ヴォーゲル夫妻の眼鏡にかなったということが最高の評価になった。もっとも、夫の職場である郵便局の同僚たちは、寡黙で勤勉な彼がそんな人物だとは誰も知らなかったが。
作品のなかには売却すればかなりの価値になるものもいくつも含まれていたが、ひとつの作品も売ることはなかった。「コレクション全体でひとつの作品。だからひとつでも売ることは、一枚の絵画を破ってしまうようなもの」。買う基準は三つだけ。好きな作品。お給料で買える作品。小さなアパートの部屋における作品。
彼らはその膨大な作品を、すべて美術館に寄贈することを決意する。いくばくかのお金をとオファーされても受け取ろうとしない。しぶしぶ受け取ったそのお金は、再びアートの蒐集にあててしまった。ワシントンの国立美術館ではそのコレクションを管理することができず、結局全米50州の美術館に50作品ずつ配るというプロジェクトがはじまった。
なぜこの作品を観て涙が止まらなかったのか。
それはこの作品が屈指の現代アートコレクターとしての夫婦に焦点を当てただけでなく、二人の生きざまを通じて、私たちに本当の豊かな人生とは何か、人生にとって根源的な問いを突き付けるからだろう。そして何より、彼らが送った人生は、少なくとも理屈の上では、我々誰しもが送ることができるはずなのだ。
つつましく生活し、自分が愛する芸術家の作品を蒐集し続けた人生。深く愛し合い、妻と二人でいつも一緒に、ぴったり歩んできた人生。一切の金銭的な見返りを求めず、自分たちが集めたものを国に寄贈した人生。夫に先立たれた妻は、蒐集を辞めることを宣言した。
ハーバート・ヴォーゲル氏が亡くなったときは、ワシントン・ポスト紙やニューヨーク・タイムズ紙など、全米を代表するメディアがその死を大きく報じたという。
皆さんも、ぜひご覧頂きたい。なお、監督が日本人であること、二作目となる本作もクラウドファンティングを通じて日本のファンたちの支援によって作成されたことは、とても誇らしい。
You don’t have to be a Rockefeller to collect art.
編集部より:このブログは岩瀬大輔氏の「生命保険 立ち上げ日誌」2013年5月3日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方は岩瀬氏の公式ブログをご覧ください。