「プライバシー権」は言論弾圧の権利

池田 信夫

自民党の憲法改正案の評判が悪い。「公共の秩序」やら「国民の義務」を強調する復古的なトーンが強い、といった批判はさんざん論じられているので、私は誰もふれていない問題点を指摘しておきたい。それはプライバシー権の規定である。自民党の案ではこうなっている。

第19条の2 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。


これは個人情報保護法を憲法の条文に昇格させたようなものだが、この法律が大混乱を引き起こしていることはよく知られている。プライバシーというと自分の秘密を守ることと思う人が多いかも知れないが、法律用語でいう個人情報は、住所・氏名など個人を特定できるすべての情報なので、個人名はすべて規制対象になってしまう。つまりプライバシー権というのは、他人の自分についての言論をコントロールする権利であり、憲法に定める表現の自由に抵触する。

これを日弁連などは自己情報コントロール権と称しているが、そういう権利を憲法で認めたら、ネット上の言論差し止めが容易にできるようになる。たとえばグーグルが私の名前を含む情報を147万件も「不当に取得した」と、私が損害賠償を請求することもできる。あなたがブログで悪口を書かれのに対して「私の個人情報を不当に利用した」と訴訟を起こしたら、ISPはその記事を削除しなければならない。

くわしいことは論文に書いたが、ネット上には膨大な「プライバシー」が流通しているので、そんなものを「守る」ことは技術的に不可能だし、法的に危険だ。プライバシー権などという権利は、自民党の政治家がスキャンダルを隠すことぐらいしか役に立たないだろう。