「黒田バズーカ」から1ヶ月あまりがたったが、CPIにも予想インフレ率にもほとんど変化はなく、長期金利だけが0.85%まで急上昇するという異変が起きている。これはFeldsteinも予想していたように、理論的には当然だ。フィッシャー方程式
名目金利=実質金利+予想インフレ率
で予想インフレ率が上がると名目金利は上がるのだから、ニューズウィークでも書いたように、もともと「予想インフレ率を上げて金融緩和する」という黒田総裁の方針が矛盾しているのだ。
それなのに、どういうわけかリフレ派はこの逆に「名目金利が一定で予想インフレ率が上がると実質金利が下がる」と考えている。たとえば浜田宏一氏は「ノーベル経済学者のマンデルは、期待インフレ率が上がるほどには国債の金利が上がらないことを証明した」という。
金融緩和によって名目金利が一定に抑えられている環境では、期待インフレ率が上がると実質金利は下がります。よって、その影響が名目金利に多少ハネ返って来たとしても、結果的に実質金利が下がって、投資し易い環境になることは変わらず、景気が刺激されることになります。
これは意味不明である。金融緩和とは名目金利を下げる政策であって、一定にすることではない。普通の経済学では、実質金利は資本収益率で決まるので短期的には一定で、予想インフレ率(あるいはリスクプレミアム)がそれに上乗せされて名目金利が上がると考える。いま起こっているのも、そういう変化である。
おそらく浜田氏は「名目金利が上がっても日銀が国債を買えば抑えられる」と言いたかったのだろうが、市場の7割も買い占めると、逆に今回のようにクラウディングアウトが起きて機関投資家が逃げ、金利が跳ね上がってしまう。これが機関投資家の「国債離れ」の始まりだとすれば、危険な兆候だ。
ただ一つだけ例外がある。短期金利がゼロに貼りつく流動性の罠によって名目金利が本来より高い水準に固定されている場合だ。この場合はクルーグマンもいったように、予想インフレ率を高めることで実質金利をマイナスにする効果がある。しかし文字どおりゼロになっているのはオーバーナイトの金利だけで、短期国債以上にはプラスの金利がついているので、こっちの金利は上昇するだろう。
つまり実体経済が変化しない中で、今回のような無謀な金融政策で市場を混乱させると、金利上昇が起こって投資が減り、不況が悪化するおそれが強い。アゴラで釣雅雄氏も指摘しているように、マネーストックにも変化がないので、黒田バズーカは実体経済には今のところ悪影響しか及ぼしていない。
まだ政策転換から1ヶ月しかたっていないので、その評価は早すぎるが、黒田氏の主なねらいは「インフレ期待」を生み出すことだったので、期待はもう変わっているはずだ。その唯一の効果が「意図せざる金融引き締め」だとすれば、このままバズーカの暴発が続くと、不測の事態も考えられる。麻生財務相は冷静に見ているようだから、早めに異次元緩和を撤回した方がいい。