定年! その苦しみと生きがいと --- 帆保 洋一

アゴラ

1.定年を迎えると

60歳にしろ65歳にしろ定年を迎えると言うことは、人生の大きな一区切りであることには違いはありません。そして気持ちの上でも大いに変化を来たすことでしょう。定年後に新しい仕事を始めるにしろ、のんびりと悠々自適に暮らすにしろ(これまでのように頑張らなくてもいいのだ!)と言った気持ちが、定年と同時に徐々に芽生えてくると思います。そして「もう苦労することもないのだ!」などと考える人も中にはいるのではないでしょうか。


しかし、ここで気をつけなければならないのは、現役中の「頑張り」の気持ちが失せると共に、無意識のうちに次第に労苦を避けるようになり、そのうち気力まで萎えてしまうことです。こうなったら大変です。気力が萎えるとボケも早まり、体まで弱ってくる。そうなると己が辛い思いをするだけではなく、周りにとっても厄介者を抱えることになるでしょう。

「これから先、後20年生きる? いや30年生きるかもしれない?」。人生の終局で苦しい思いをするのでは、これまで頑張ってきたことが水泡に帰してしまいます。「私は長い間何ために頑張ってきたのだろう?」と悔やまれることになるでしょう。定年とともに自分の道を見失ってしまうことになりかねません。定年後は自分をコントロールすることが何より大切だと思います。また、おそらくは現役中はできなかったであろう、自己の半生を見つめ直し且つ自分の本質を見つめ直すことで、その後の人生の生き方を決めることができるのではないかと思います。

2.仕事と生きがい

よく「仕事が生きがい」などと言う人がいます。しかし、そう言う人たちのすべての人が、真に「仕事が生きがい」となっていたのでしょうか? いや、「仕事が生きがい」と自分自身に思い込ませていることはないでしょうか? 

定年を迎えて、今まで長い間働いてきた仕事が「真に生きがい」と感じてこられた人は幸せでしょう。仕事で自分を燃焼させてこられたのですから……。しかし、反対に定年までの仕事が真に生きがいとは思えなかった人は、おそらく不完全燃焼のまま定年を迎えることになるのでしょう。多くの人が不完全燃焼のまま定年を迎えるのではないでしょうか。

だが不完全燃焼の人ほど、定年後の人生を思う存分に生かせるのではないでしょうか。人は誰しも不完全燃焼のままで一生を終わりたくはないでしょう。「残りの人生で過去を取り戻したい!」などと、意識しないまでも心の奥で思ってはいないでしょうか? もしそうであれば、これこそチャンスです。

定年になって失敗はしたくない! かといって勇気を出さなければ先へは進めない! 何事も取り組みはじめは大変ですが、定年後は心機一転、真っさらの気持ちで小さいことから少しずつ積み上げていくことが肝心のように思います。そして意志力は、年齢に関係なく何時でもあらたに培うことの出来るものだと思います。

3.仕事と年齢

「定年後はのんびりと暮らしたい!」と言う方がおられます。はたしてのんびりと暮せるものでしょうか? 定年まで長い間仕事をしてきて、数ヶ月はのんびりとした気分で好きなことを楽しくやることもいいでしょうが、それもだんだんと味気なさを感じてくるのではないでしょうか。

人は人との関係の中でしか生きられません。仕事をすると言うことは、どんな仕事であっても何らかの責任を持ち、大なり小なり他人とのかかわりを持つことになります。このことが気持ちに張りを持たせることになり、体もそれにつれて活性化するように思います。どんな仕事であれ、大なり小なり「達成感」というものを味わうことができます。その「達成感」が幸せに通じると思います。

定年後にあまりストレスの多い仕事は良くないでしょうが、多少のストレスは適度な緊張感を生み、心身に良い影響を及ぼすように思います。何よりも「仕事を続ける」と言うこと自体が、一番の老化防止になるのでは無いでしょうか。趣味の世界だけに生きることも、勿論すばらしいことだと思いますが、よほど没頭できる趣味でもない限り、仕事をするより難しい生き方のように私には思われます。

4.老化

よく歳を取ってくると「私はもう歳だから……」と云って、簡単な用事でも人に頼んだり、難しいことを考えたりすることを避けようする人がいます。 確かに「年寄りの冷や水」はあぶないので避けた方が良いと思うのですが、会社のOB会や同窓会で、定年後のそれもさしたる年令でもない人からそのような言葉を聴くことがあります。

これは長い間生きてきた疲れを自ずと癒したい、と言う自然な気持ちの表れだろうと思います。しかし、この気持ちのまま定年後の生活を始めるとだんだんと己を甘えかし怠惰な方向へと向かって行くことになるのは必定でしょう。まぎれもなく、これは自ら老化を早めることにつながるのではないでしょうか。

長い間働きづくめで働いてきて、もうこれからはゆっくり暮らそうと思う気持ちはよく分かりますが、人生はそんなに甘いものではないでしょう。 はたして定年後にゆっくりのんびり楽しく暮らしている人がどれほどいるでしょうか? 仕事の悩みを抱えながらも、忙しく働いていた頃がずっと楽しかったと思うことも、多いのではないでしょうか。

年齢を経ると気持ちをコントロールすることは上手になります。できるだけ自分をコントロールしながら「生」の楽しさを味わうことが必要でしょう。しかし老化が進むと言うことは、「死」が近づいてくることであり、その意味では苦しさが増して行くことになると思われます。私は今のところまだそこまでは感得することは出来ませんが、それは「生」における新たな苦しみ(死の恐怖)を抱えることではないか? と・・・

「生きる」と言うことは、結局は自分との戦いです。このことと正面から向き合って「人は死ぬまで『苦』から解き放たれることはない!」と、覚悟を決めて生きることもまた一考ではないかと考えます。晩年の数年は「死」への準備期間であり、「死とは何か?」このことに相対することで「死」を受け入れることができるような気がします。

帆保洋一
IT講師 & キャリアコンサルタント
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