大学での勉学が新卒採用で評価されない、というのは本当か --- 池田 信人

アゴラ

「新卒採用では大学で学んだことが評価されない」という話がありますが、実際どうなのでしょう?

投資業界におけるクオンツであれば金融工学、保険会社のアクチュアリーであれば理数系の専門知識があると評価されます。メーカーの研究開発職(R&D部門)などでは、自動車・電気・製薬・食品……分野は違えども、それぞれの領域で専門知識を持つ学生が評価されています(私が学校推薦枠で受けた自動車メーカーの新卒採用試験でも、成績表の提出とともに流体力学や材料力学といった専門知識が問われる筆記試験が課せられていました)。


大学で学んだことが業務遂行上「必要となる(もしくは、役立てられる)職種」に関しては、評価されて当たり前なのだと思います。ということは、新卒採用では大学で学んだことが評価されていないというのは嘘?

●学生は、学業の経験を話さない

「新卒採用では大学で学んだことが評価されていない」という言葉は、大学で学んだことが業務遂行上「必要としない(もしくは、役立てられない)職種」に向けられたものであると考えると嘘ではないと思います。例えば、私が大学で学んだ流体力学のベルヌーイの定理は、営業という職種の前には何の意味を持ちません。評価されなくて当然です。

しかし「面接で学業に関して何も聞かれませんでした」というような大学生のコメントに焦点を当てると、(特定の専門知識という大学で学んだことの「一部分」が評価されないことではなくて)大学で学んだこと「全て」が評価されていない可能性が浮かび上がってきますが、どうなのでしょう?

私が内部者として、現場で感じていることをストレートに表現すると、企業は学業を評価対象に指定していないが、評価対象の一つとして学業も含んでいると感じています。つまり、企業は「学業で頑張ったことをお聞かせ下さい」という頑張ったシチュエーションを学業に限定する質問はせずに、「学生時代頑張った経験をお聞かせ下さい」というようなオープンな質問をされる傾向が強い。

そこで学業のことを話すのか? それともアルバイトやサークル活動の経験を話すのか? は学生の判断に委ねられますから、ここで学業のことを話せば、学業の経験が評価対象になるはず。ですが、学生は学業のことを話さない。どうして話さないのでしょうか?

●学生は、学業の経験を話せない

企業は、学生に求める能力を抽象化した際に「コミュニケーション能力」と呼ばれる「組織活動の中で発揮される能力」を重視しています。学生もこのことは察しているので、学業という「自分一人で努力する(ことが多い)経験」は、話しにくいところがあります。

企業としても、学業の経験を聞くことで「勤勉さ」や「継続力」「思考力」などは評価できても、「コミュニケーション能力」の評価は難しくなりますから、学業のことを聞きにくい雰囲気が生まれます(教授や院生、同期と一緒になって組織的に動く、ゼミ活動や卒業論文に取り組んだ経験があれば、話は変わります)。

こういった事情から、新卒採用の面接の現場では、アルバイトやサークル活動などの組織活動の経験談が溢れているように見えます。

●コミュ力よりも、スキルや実務経験が問われつつある、新卒採用

ここで、企業の側に視点を置いてみると「コミュニケーション能力」のような抽象的な能力ではなく、具体的な「職務遂行力を証明するスキル」を重視する動きが、新卒採用でも見られるようになってきました。

サイバーエージェントでは2014年度新卒採用のエンジニア職に限定して「コード採用」という面接なし、プログラミングスキルのみで内定決定する選考を実施しています。また、 DeNAの新卒採用ページを見ると、「自分で実現したいものを考え、プログラミングして完成させた経験」が2014年度エンジニアスペシャリスト採用募集要項の必須要件として記されています。

これは、あくまでも一例に過ぎませんが、新卒採用に関わる内部者としては「ある流れ」を感じています。それは、総合職採用から職種別採用への流れであり、ポテンシャル評価からスキル・実務経験評価への流れ。

この流れを踏まえると、「キャリア教育」や「コミュニケーション能力を鍛える教育」や「実務経験として評価ができるような教育」など、企業へ接続するための準備を、あれもこれもそれも大学に一手に引き受けてもらうことよりも、餅は餅屋として、大学は学問を学ぶ場として純化して、それ以外のことは大学外に任せるという選択も考えた方がいいのでは? と思っています。

それに、私がどう思おうが、大学の外に出て「スキル」を身に付ける学生、「実務経験」を積んでいる学生は(私が見渡せる範囲でも)着実に増えてきています。例えば、「文系エンジニア」と呼ばれる学生は、それぞれが経営学部や商学部、法学部など異なる分野で学びつつ、大学の外で学ぶことを通して、プログラミングというスキルを身につけています。

大学教育は変化の真っただ中にあると思われますが、外部環境の変化(企業の職種別採用やスキル・実務経験評価の流れ、ITを活用した教育機会の増加や学習コストの低下、大学の外で企業の求めるスキルセット獲得に動く学生など)にも目を向けることで、大学にとっても、学生にとっても、企業にとっても、より良い形に変わっていけるといいなぁ、と。

池田 信人
株式会社ジョブウェブ 
個人ブログ