韓国メディアが「金正恩第1書記はもはや権力を失っている」と同第1書記の失権説を報じたことがあった。その直後、知人の北朝鮮外交官に聞いてみたことがある。
▲ウィーンの北朝鮮大使館(2013年2月、撮影)
知人は笑いながら、いつものように「誰が言っていたのか」と、その情報の出所を聞いて来た。「韓国のメディアが報じていた」と答えると、「いつもの誤報だ」という。
知人は「わが国は西欧諸国とはシステムが違う。クーデターなどで政権が崩壊することは有り得ない」と強調した。
知人は「どのようなシステムか」を説明せず、繰り返し「システムが違う」というだけだ。多分、「わが国は西欧諸国のように国民の気まぐれで失権したり、崩壊することはない。なぜならば、国家のトップは選ばれた指導者だから、間違いはない」と言いたかったのかもしれない。
当方は「システムが違う」という言葉を聞いて、国民を徹底的に監視する北の監視体制を想起したが、知人から「その通りだ」といった相槌は元々期待できないので聞かなかった。ただし、「システムが違うよ」といった知人の言葉は暫く当方の脳裏の中に残った。
そのような時、米中央情報局(CIA)元技術助手エドワード・スノーデン氏(29)が英紙ガーディアンと米紙ワシントン・ポストの2紙に対して、米国家安全保障局(NSA)が「プリズム」と呼ばれる監視プログラムを実施し、米国民の電話通信記録やネット情報を大量入手していると暴露したニュースが報じられた。米国もテロ対策という名目で国民を徹底的に監視しているという現実が浮かび上がってきたのだ。
予想通り、北朝鮮は18日、米国のNSAが安全保障上の理由から電話・インターネットなどの通信記録を監視していた問題について、「米国は人権侵害を行う中心的な存在」と非難した。
国民を監視するという点では米朝両国とも監視国家だ。ただし、監視の方法は違う。脱北者からの情報によれば、北当局は、加入件数が100万台といわれる携帯電話やコンピューターなどネット情報を入手して人心を管理するというより、「夫と妻」「会社社長と社員」「先生と生徒」「両親と子供」が相互監視し、不審な点があれば通知する監視体制を敷いている。一方、米国社会の場合、監視カメラ、膨大なネット情報を連結し、不審な通信をキャッチする監視システムだ。
米国の監視体制は今回、内部告発という形で明るみになった。北の場合はもっぱら脱北者の証言を通じてその非人間的な監視通報システムが徐々に知られるようになった。
それではどちらの監視システムが効果的かといえば、前者(北朝鮮)と言わざるを得ないだろう。金日成主席、金正日総書記、そして金正恩第1書記と独裁政権が3代継続されている事実がその監視体制の優秀さを物語っているからだ。「軍事クーデターなど考えられない」という知人の発言ともなるわけだ。
一方、米国の場合、大多数の国民にとって国の監視は個人の生活領域、自由への国家の干渉という問題に帰結する。それに対し、オバマ大統領は「国家の安全を維持する為には監視体制は不可欠だ」と説明し、監視体制のお陰で過去、テロを事前に防止したこともあったと示唆し、国民に理解を求めている。
本来、相手が監視に気がついた段階で監視の効果は半減するものだ。ネット情報の発信方法を変えたり、対策を講じることはある程度、可能だ。しかし、北の場合、国民は久しく「当局に監視されている」と知っている。その監視網から抜け出す道は脱北以外にないことも知っている。その意味で、北の監視体制は非情だ。
北の知人外交官は「システムが違う」と語ったが、北の監視システムを支えているものは、国民の「恐れ」だ(米国の場合、監視を恐れているのはテロリストたちだ)。国民の恐れに支えられた北の監視体制を‘究極のシステム‘といわれるのはその理由からだ。ただし、国民が公然とその「恐れ」を打ち破った時、北のシステムは積み木の家のように崩壊していくだろう。
【短信】 金正恩氏のヨットは02年調達済み
米国の北朝鮮専門サイト「NKニュース」は19日、「金正恩第1書記が先月、同国の東海岸で高級ヨットを乗って旅行を楽しんだが、高級ヨットが対北制裁で禁止されている贅沢品に該当する可能性がある」と報じたが、欧州の北消息筋は「金第1書記が乗っていた英プリンセス製の高級ヨットは北が2001年12月に欧州の貿易会社を通じて注文し、翌年入手したヨットであり、国連が今年3月に対北贅沢品輸入を禁じた制裁後、購入したものでない可能性が高い」と明らかにした。
同筋によると、北は当時、故金正日労働党総書記の60歳の誕生日プレゼントとして4隻を英プリンセス製、1隻をイタリア製(Azimut)の計5隻を購入している。
高級ヨットの購入を手配した人物は金総書記専属調達人、権栄録(Kwon Yong Rok)氏だ。同氏は欧州を拠点にベンツ車、高級ヨットなど贅沢品を調達してきた。
ちなみに、同氏は2009年、オーストリアのヨット貿易会社を通じてイタリアのヨット製造会社から金総書記用の高級ヨット(1300万ユーロ相当)を密かに注文したが、オーストリア銀行の通達が契機となって発覚し、取引は水泡に帰した。権氏はオーストリアのヨット会社と共にオーストリア検察庁から国連安保理の対北制裁1718号違反と外国貿易法違反で起訴された。そのため、同氏は急遽、平壌に逃げ帰った経緯がある。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年6月20日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。