中央自動車道の笹子トンネルで天井板が崩落した事故は、高速道路民営化の裏の欺瞞を顕在化させた。
高速道路民営化とは、2005年10月1日に、旧道路関係4公団が廃止されて、6社の高速道路株式会社(東日本、中日本、西日本、首都、阪神、本州四国連絡)が設立されたことを意味する。このときに、約40兆円という巨額な債務と道路施設を承継する目的で、独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構も設立されている。
高速道路も道路であり、道路は本来道路管理者に帰属するのが原則とされている。本来道路管理者というのは、国道、県道などというように、道路ごとに定まっている本来の管理者である国や地方自治体のことである。現在の機構の立場は、本来道路管理者に替わって、高速道路に関する公的権限を行使するというものなのである。
機構が本来道路管理者に替わって高速道路施設を保有しているのは、その裏に債務があるからである。機構の目的は、直接的には債務の弁済であるが、その弁済の最終目的は、高速道路施設を本来道路管理者に無償譲渡することなのである。実は、現在の高速道路が有料であることの根拠は、高速道路会社が機構に対して道路施設の賃料を払わなければならないためで、また機構が賃料を課すのは、機構が債務の弁済をしなければならないからである。つまり、債務完済後に高速道路が本来道路管理者に譲渡されれば、高速道路は普通の道路と同じように無料になるということなのだ。
さて、その弁済期間であるが、機構発足時の2005年10月1日に、その日から45年間と定められた。つまり、あと37年、2050年9月30日が最終期日である。一方、高速道路の新規の建設は現在でも継続している。新規建設自体は高速道路会社が行うのだが、施設は、完成後に、建設費用に伴う債務と一緒にして、機構へ引き渡される。もしも、このまま建設を続けると、建設費用に伴う債務が発生し続けるので、機構の債務は永遠になくならない。どこかで新規建設を打ち切らないといけないわけだ。実は、その最終期日が、2021年3月31日なのであり。あと8年ほどで高速道路の新規建設は終了するというのが、政府の定めた計画なのである。
しかし、新規建設停止後は、既存施設の維持改修費が逆に累増していくのであるから、それに伴う債務の増加も相当に大きいはずである。この点も含めて、この機構の計画、というよりも政府の目論見については、私は極めて胡散臭いものだと思っている。
そもそも、高速道路の維持改修費の見積もりが甘すぎるのではないのか、という点である。中日本のトンエンル事故をみて最初に抱いた感想は、事故の究極の原因が、機構の、というよりも政府の、欺瞞的な道路行政にあるのだなということだった。
維持改修費の見積もりが甘すぎるもなにも、機構の弁済計画では、既存の道路の維持費用自体についての財源が全く用意されていないのである。高速道路に限らず、どのような施設も劣化する。最終的には施設は価値を失い、再建築が必要になる。その再建築費の計画的積立抜きには長期的な施設維持は不可能である。そこで、劣化の速度に応じて、つまり資産価値の経年減価(減価償却)に応じて、事前に計画的資金留保を行わなければならないはずなのである。
ところが、機構は減価償却費も全て債務の弁済に充当している。つまり、2050年に高速道路が本来道路管理者である国や地方自治体に譲渡されるとき、その老朽化した施設を将来的に維持していくための財源が全く用意されていないのである。しかもそのときには、無料化されている。要は、その後の再建築や改修は、その必要に応じて税金を投入して行うほかないだろうという全くの無責任で無計画なものなのだ。
機構が存続している間は、最低限の維持費用程度しか財源が見込まれておらず、機構が役割を終えたときは、その最低限の財源すらなくなるというのが、政府の高速道路政策なのだ。それにしても、老朽化した劣化の進行した高速道路施設の譲渡を受ける本来道路管理者の立場というのは、どういうものか。中日本のトンネル事故が示すように、老朽化した施設の放置は、極めて危険なことだ。誰も、危険なコンクリートの塊など、貰いたくないのではないか。
高速道路改革の一番胡散臭い欺瞞的なところは、民営化という呼び方だ。民営化とはいうが、最終目的が本来道路管理者である国や地方自治体に高速道路を移転させることなら、民営化の正反対である。民営化された高速道路各社は、機構が存立している期間中は、表面的には有料道路管理業を行う民間の事業者として存立できるが、本来道路管理者に施設が移転して無料化された後は、そもそもの事業基盤がなくなってしまう。
どういうことが予定されているのか。本来道路管理者である国や地方自治体から業務委託を受けて施設の管理運用業務を行うのか。その業務委託費の原資は税金から出てくるしかない。だとすると、無料化自体も欺瞞で、国民負担の総額は同じだ。要は、道路利用者だけの負担から、国民全体の負担に変わるだけではないのか。
また、2021年3月31日以降には新規の高速道路建設を行わないという計画も、その実効性は大いに疑問だ。あと7年で新規の高速道路建設が停止するとは、国民の誰も信じてはいないだろう。債務が完済されるためには、そう仮定せざるを得ないというだけの話だ。高速道路改革の全体が、どこかの時点での大きな見直しを前提にした、言葉の本来の意味において、好い加減で適当なものだと思われる。要は、問題の先送りの仕組みなのだ。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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