英国の劇作家ウィリアム・シェイクスピアの喜劇を思い出した。欧州で展開された初夏の喜劇をここで紹介する。タイトルは「大統領が拉致された」だ。
ロシアが米中央情報局(CIA)元技術助手のエドワード・スノーデン氏(30)の政治亡命受け入れを拒否したことを受け、スノーデン氏は欧州19か国に政治亡命を申請するメールを送信したが、いずれも「本人が入国してから亡命申請しなければ受け入れることはできない」という返答が戻ってきたという。
あれほどスノーデン氏の政治亡命受け入れの声が高まっていたオーストリアにも同氏から駐モスクワの同国大使館を通じて亡命申請のメールが届いたが、「モスクワから政治亡命の申請はできない。本人がオーストリア領土内に入ってから申請しない限り、受理できない」という。同国のミクルライトナー内相によれば、「スノーデン氏は入国次第、亡命申請できるが、その申請を受け入れるかは現時点では何とも答えられない。いずれにしても、入国すれば、90日間は合法的に滞在できる」という。
スノーデン氏にとって問題は、米国が同氏の旅券を失効したので出入国の動きが取れないことだろう。同氏が亡命先に考えていたエクアドルも「我が国に入国し、亡命を申請すれば手続きは可能だが、旅券が失効では……」という返答だったという。そして欧州の19か国の返答も程度の差こそあれ、同様の答えだったわけだ。オバマ米政権が同氏の受け入れ国に対して厳しく対応すると警告して以来、潜在的亡命先は次々と尻込みし出した、といった感じだ。
以上は1幕だ。次の舞台はウィーン・シュヴェヒャート国際空港VIPルームに移る。ボリビアのエボ・モラレス大統領が搭乗した大統領機は3日未明、訪問先のモスクワからボリビアの帰途に向かっていたが、オーストリア・ザルツブルク上空に差し掛かった時、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガルの4か国の管制塔から領空内飛行を認めないという連絡が入ってきたのだ。モラレス大統領が搭乗している、というボリビア側の懸命な説明も受け入れられない。何が生じたのか。明確な説明もない。仕方がないので大統領機は急遽方向を変えてウィーン空港に緊急着陸した。2日夜9時47分だ。それから、ボリビアの大統領は14時間余り、ウィーン空港のVIPルームで待機せざるを得なかくなったのだ。モラレス大統領は集まってきたジャーンリストたちの前で、「自分は人質だ」と冗談とも怒りとも、区別ができない発言をしている。
自国大統領のジェット機がウィーンに緊急着陸したというニュースが届くと、ボリビア国民は「大統領が拉致された」と騒ぎ出した。
大統領機の領空飛行を拒否した欧州側は説明を拒否しているが、どうやら「ボリビア大統領機内にあのスノーデン氏が潜伏し、ボリビアへ亡命しようとしている」という情報が入ったからだ。その情報源はもちろん米国だ。スノーデン氏の政治亡命を阻止したい米国側は同盟国の欧州に領域内飛行の不許可を要請した、というのがほぼ一致した推測だ。
いよいよ第3幕だ。想定外のゲストを迎えたオーストリア政府側は気分を害しているボリビア大統領の接待に当たる一方、大統領機内の調査をやんわりと打診。機内を捜査した結果、「機内にはボリビア国籍者しかいなかった」(オーストリアシュビンデルエッガー外相)という。やっと疑いが晴れたモラレス大統領は笑顔を見せながらジェット機のタラップで手を振って機内の人となった。大統領機は3日午後12時30分、離陸。14時間余りの初夏の喜劇はこのようにして幕を閉じた。
追加情報
ボリビアを含む南米同盟は今回の欧州諸国の対応を批判し、国連側に報告し、欧州側の謝罪を要求する予定だ。アルゼンチンのフェルナンデス・キルチネル大統領は「欧州の政治家はスノーデン氏の亡命騒ぎで狂ってきた」と語ったという。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年7月5日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。