死炭素の話 --- ヨハネス 山城

アゴラ

最初に、前の記事に対して、貴重な資料と長文のコメントをいただいた辻元センセに、お礼を言わせてほしい。おおきに、ありがとさんどす。

一読、なるほど、ワシが引退したころから現在までの研究成果がまとめてある。そうか、ワシがおらんようになっても、科学者たちはケナゲに頑張っておるんやなぁ。と思うと嬉しかったし、それをフォーローできん自分もそろそろ……と思いかけた。


今回の記事のテーマの炭素の同位体。天然のものに限れば、12と13と14がある。このうち、炭素12が約99%を占めていて、炭素13は約1%、炭素14は何千億分の1という世界や(ウィキペディアより)。

詳しくは上のリンクを参照してもらうこととして、ざっくり言うと、木材や植物化石などのサンプルの炭素13の量を調べれば、その植物が生きていた時代(厳密に言うと光合成をした瞬間)の気温がわかる。

一方、炭素14のほうからは、そのサンプルの年代がわかる。簡単に説明しておくと、炭素14というのは放射性の原子で、勝手に崩壊していく。だから、光合成で固定された植物体の炭素14は、もとの大気と比較して、どんどん減っていく。古い木材ほど、炭素14の割合が少ないということになる。

以上まとめると、13で温度を、14で年代を測定するという話や。13はともかく、14のほうは上にも書いたが、あまりにも微量なんで、測定には大量のサンプルがいる。ワシの学生時代までは、「遺跡から出た木製の鍬の年代を測りたいが、そのためには、その鍬を丸ごと燃やさないといけない」という考古学者のジレンマがあった。ところが技術が進み、加速器を使って、1g以下のサンプルでも年代測定が出来るようになった。遺物は削るだけでいい。

13のほうの分析精度も上がって、そのサンプルの植物種の特定までできるようになった。知り合いのあるセンセは、某企業からスコッチ(小麦)として買い付けた原酒の分析を依頼され、実はバーボン(とうもろこし)であることを突き止め、その企業に数億円の賠償金をもたらし、お礼にウィスキーを1本もらったという話がある。しかも、そのボトルはセンセの留守中に、若さあふれるワシの目にとまり……。

さて、炭素14。放射性で半減期が(わずか)5700年。縄文か弥生か、という話には使い勝手がええが、恐竜はんが出てくる何億年という話では使いものになら。何しろ6000年で半分になるんやから12万年で、100万分の1や。だから、例の「カツ」断層の年代測定には、こいつは使えん。関電はんが、年代測定に地層の木材ではなく火山灰を使うのは、これが理由や。ただし、精度は放射性炭素の分析と比べて大幅に落ちる。

たいていの化石燃料は100万年以上前の年代ものやから、炭素14は、ほとんど無くなっている。こういう状態の炭素をデッドカーボン(=死炭素@ヨハネス訳?)という。大気中の二酸化炭素が0.03%から0.04%に増えて、その分が全部「死炭素」やったら、年代測定をしている連中が必ず見つけて報告するはずや。

なにしろ、冷戦時代初期の空気中での核実験の影響が見えて、その時代の木材の年代はムチャクチャな数値が出るというのが、加速器による分析がメジャーになりかけたころの話。今やったら、もっと高精度な測定ができる。しかも、温暖化の立証は金になるから、こんなおいしい仕事はない。バーボン一本で済まされてしまうことはないやろ。

前の記事で、「炭素の同位体比」と書いたのは、この死炭素の話で、正直言うと炭素13のことは頭からスッポリ抜けておった。

辻センセのリンクに話を戻そう。同位体に関係のある部分を読んで、ワシ、椅子から落ちかけた。「CO2には”軽い”CO2と”重い”CO2があり、前者は化石燃料や森林が起源、後者は海が起源である」。引用文献のリンクが死んでいるから、はっきりしたことはわからんが、どうやら炭素13の話や。

確かに、温暖化の話をしているときに、炭素の同位体と言われたら、誰でも13のほうに頭が行くわな。地質屋や考古屋なら、「炭素同位体=年代測定」でピンと来るはずなんやけど、アゴラという場を考えたら、明らかにワシの説明不足や。無駄な(無関係な)反論をさせてもうて、えらいすんまへん。「放射性炭素」とか、「炭素14」と書いておくべきやったんやな。

おわび方々、リンクに記載のある東北大学大気海洋変動観測研究センターweb内をうろついてみたところ(どこが「おわび」じゃ)、やはり研究の大部分は13のほうやった。これでは話が噛み合う訳ないがな。

炭素13の分析でわかるのは、増えた炭素の出所が生物起源らしい、ということだけや。現生の生物なのか、古生物の化石である石油・石炭なのかは、これだけでは分からん。辻センセのリンクでもそう書いてある。

木炭を燃やしても、石炭を燃やしても、結果は同じや。バーボンとスコッチの区別はできても、化石燃料は多種多様な生物のチャンポンなんやから(有力な異説があるが、ここでは触れない)、さすがに現生植物との区別は無理や。

そやから、炭素13が減った原因は、化石燃料の燃焼だけではなく、原生生物の減少でも説明できる。熱帯林の消滅、草原の砂漠化、海洋汚染によるプランクトンの減少。どれもこれもありそうな話や。

こういう環境破壊と化石燃料の燃焼のどちらが大きいかの判別は、死炭素の分析が一番やろ。なんで大々的にやらんのや。というのがワシが前回、言いたかったことや。

ちなみに、辻センセのコメントの「『正確な予測ができるとも思えないから、考えないことにしよう』という非建設的なものではないですか」という御指摘。

おっしゃりたいことはようわかるが、近い将来の科学レベルで必要な精度での予想ができそうもない話は、なんぼ「非建設的」と言われても、とりあえず「考えない」、以外の対応のとりようはないと思うんやがのう。

ヨハネス 山城
通りがかりのサイエンティスト