自衛隊に海兵隊機能は不要

站谷 幸一

ここ最近、V-22オスプレイや水陸両用車を装備する専門部隊を陸自に創設し、空自や海自との統合を強化することで、自衛隊に海兵隊機能を持たせるべきという議論が急速に高まっている。2009年頃より、陸自の一部で盛り上がっていた議論が、ここにきて一気に外部でも高まった感がある。


例えば、本年5月の答弁で、安倍首相は「島嶼防衛について言えば、海兵隊的な機能をわが国が備えていく必要性についてやはり議論していかなければならない」と述べた他、防衛白書でも「水陸両用車や各種装甲車、ヘリコプターなどの輸送力・機動力向上のための取組などは、島嶼部攻撃への対応の観点からきわめて重要である」と指摘され、実際に研究用として本年度予算では、水陸両用車(4両:25億円)の参考品購入が決定された。

こうした動きは、中国のアサーティブな行動に対する国民感情は勿論、政治の要請として、一見、当然のことのように思える。陸上自衛隊は海兵隊機能を備えて、離島奪還できるようにすべきという論理である。しかし、実のところ、今議論されている海兵隊機能は、現在の戦略環境においては、出番のない無用の長物でしかないし、むしろリソースの少ない自衛隊に負荷をかけるものでしかない。本稿では、シナリオベースでの検討、米軍における海兵隊機能の実際の2つの観点から、その点について論じたい。

1.シナリオベースで考えた場合:出番のない海兵隊機能
最初に、起こり得るシナリオを想定し、ほとんどのシナリオで海兵隊機能が無用の長物であることを論証する。シナリオは当然、中国との紛争が中心になるが、それを考える上での前提は以下の3点である。

(1)こちらから正規軍による武力行使をしない。
現在の戦略環境では、先に手を出した場合、政治的に敗北する。少なくとも、人民解放軍による武力行使を正当化するだけでなく、日本側が挑発したということで米国の外交、特に軍事的な関与の可能性を低下させる

(2)武力行使には至らないが、中国による軍事力の展開はあらゆるレベルであり得る。

(3)中国としては、初期段階では官庁の船や航空機、民間団体等を使用。

この前提でシナリオを考えると、水陸両用戦能力の出番は残念ながらないことがわかる。

まず低位のエスカレーション段階の紛争では、1. 海監等の海上組織の船舶やヘリから上陸、2. 民間団体(小銃程度で武装)の上陸が考えられるが、彼らに陸自の海兵部隊を投入するのは政治的に不可能だろう。中国のCCTVで、陸自の水陸両用車が海監の人間を制圧する映像が流れた時点で我々の負けである。強化した海上保安庁で対応するなり、周辺を封鎖して非殺傷兵器等で鎮圧するのが好ましいだろう。

では、中位のエスカレーションの紛争では、1. 武装民兵なり準軍事組織(RPGや対空ミサイルで武装)、2. 中国軍が揚陸艦で占拠、が考えられるが、これに陸自の海兵部隊を投入するのも不適切だろう。1、2の場合では、アルミ装甲の水陸両用車やV-22では脆すぎる上に、撃破された場合の人的損害が大きい。例えば、自衛隊のV-22が撃墜され、一度に十何人もの死傷者が続出した場合、政治的にも軍事作戦的にも敗北だろう。

また、そもそも、我々が上陸できるというのであれば、制海権、制空権は確保しているということになる。もしそうであるならば、尖閣を占拠する相手を兵糧攻めにするなり、非殺傷兵器で痛めつけるなり、そうでなくとも十分に砲爆撃してから、今ある装備で上陸すればよいだけである。勿論、潰しきれないという批判もあるだろう。しかし、尖閣の場合はあまりにも狭く難しいだろうし、占拠されてから短期間での奪還が予想される。逆に、生き残っていたとしても、水陸両用車やV-22なら安心ではない。今、自衛隊が保有する輸送艇1号型、LCAC、ヘリとそんなにかわらない。水陸両用車でなければ無防備というが、所詮は小銃をはじき返す程度にすぎない。

最後に、高位のエスカレーション、つまり、人民解放軍が弾道ミサイル、巡航ミサイル、サイバーアタック等で奇襲攻撃を行い、通常戦力を大規模に展開してきた場合ではどうか。いわゆる「反アクセス・接近拒否(A2AD)」能力の全力発揮が起きた状況だが、そんな状態では海兵隊機能は役に立たないばかりでなく、自殺攻撃をしかけるしかない。そもそも、そんな状況では、日本中の空港等に攻撃が行われている状況で、離島奪回どころではない。

このように、起こり得るシナリオを考え、政治的、つまり戦略的な影響を考えると、水陸両用車やV-22による海兵隊機能は無用の長物でしかないのだ。

2.誤解される米海兵隊の機能:離島奪還は刺身のツマですらない
上記のように、海兵隊機能を装備した陸自の有事における出番がないことがわかった。ここでは、海兵隊機能のモデルとされる、米海兵隊が、そもそも「島嶼防衛」や「離島奪還」の為にあるわけではないことを指摘したい。要するに、モデルとするのがおかしいのだ。

在沖海兵隊の13任務は、(1)水陸両用強襲(2)水陸両用急襲(3)海上阻止作戦(4)前方作戦(5)墜落された航空機および要員の戦術的奪還(6)飛行場・港湾の奪取(7)遠征飛行場作戦(8)安定化作戦(9)人道的支援・災害救援(10)戦域安全保障協力(11)非戦闘員撤収作戦(12)直接行動(13)特殊偵察とされる。だが、これらのどれにも「島嶼防衛」や「離島奪還」は当てはまらない。せいぜい、一部の(1)水陸両用強襲と(2)水陸両用急襲が当てはまる程度だ。しかも、これらは侵攻作戦の橋頭保確保がメインであって、海岸への侵攻を主とする。間違っても離島奪還等ではない。

また、1990年代後半以降、海兵隊の強襲及び急襲のドクトリンは、「STOM:Ship-to-Objective Maneuver 」に移行していることも考慮すべきだろう。これは端的に説明すれば、多方面から一気に内陸部へ回転翼機なども活用しつつ陸上兵力を投入するドクトリンなのだが、これのどこが離島奪還に役立つのだろうか。

勿論、これまでに述べた海兵隊の能力やドクトリンは、自国の領土問題を抱えず、他国の領土問題にかかわらず、侵攻作戦や安定化作戦が主流の米国の政治上の要請を考えれば自明の理である。これを自衛隊の参考にしようとするのが、間違っているのだ。

3.まとめ
V-22や水陸両用車による海兵隊機能は、起こりうるシナリオから考えても必要性は低い。また、米国の海兵隊が離島奪還を目的とする海兵隊機能のモデルとしても間違っている。勿論、海兵隊機能があればあったで、何らかの役には立つだろう。しかし、我が国の予算には中国と違って限界があり、人員にも限界がある。若手幹部の自殺が相次ぐのも、結局は過度の任務負担(地域のお祭り支援等、駐屯する部隊の過度の防衛行政への関与が大きい※1)による板挟みにあることを考えれば、いたずらに新しい装備、教育、編成、それもかなりのコストを必要とする海兵隊機能を求めるべきなのだろうか。

むしろ、海兵隊機能のような、多額の予算を必要とする対称的な能力ではなく、少ない予算でも有効な非対称の能力に予算と人員を投じるべきなのではないだろうか。資金と物量で優位な中国軍と同じ土俵で勝負してどうするのだろうか。例えば、低位のエスカレーションで有効な、上陸した部隊を無力化するような、非殺傷や妨害装備を海保に持たせるなり、自衛隊の機雷、対艦ミサイル、サイバーといったA2AD能力を強化すべきだろう。

結局、陸自を海兵隊化しようという議論は、空母保有論と同じ、戦争において最も重視すべき政治上の必要性や、現状の予算や人員を無視した議論でしかないのだ。

※1 この点についての解決策は、先日公開した、以下の政策提言「安全保障政策の再構築 ネオ・ヨシダドクトリン」の24ページをご参照いただきたい
政策提言「安全保障政策の再構築 ネオ・ヨシダドクトリン」

追記
Ship-To-Objective Maneuverについては、以下の動画が分かりやすい