社会保障国民会議の行方と政界「秋の陣」 --- 河合 雅司

アゴラ

真夏の決戦である参院選は、各候補が舌戦をヒートアップさせている。ところが、社会保障政策については、いささか盛り上がりを欠いている。

というのも、自民、民主、公明の三党が、自分たちが合意して設置した政府の「社会保障制度改革国民会議」に下駄を預けてしまっているからだ。


自民党に至っては、「国民会議の審議の結果等を踏まえて必要な見直しを行う」と公約でうたっている。まるで他人事だ。国政選挙は、各党が考える改革の大きな方向性を、有権者に直接語る絶好の機会である。これでは「参院選で争点にしたくない」と言っているのと同じだ。

その国民会議だが、タイムリミットの8月21日が近付き、大慌てで最終報告書の取りまとめ作業に入っている。

そもそも、この国民会議というのは、「増税先行批判をかわすためのアリバイ組織」との揶揄されてきた。発足当初は、関係団体へのヒアリングを重ねてばかりだったことから、大した期待もされていなかった。

とはいえ、そこは優秀な学者たちが顔を揃えているだけあって、最近の議論を聞く限り、それなりの役割を果たしそうである。

最大の成果となりそうなのが、民主党などがこだわる最低保障年金を「一朝一夕にはできない」として“将来的な課題”に棚上げしたことだ。国民会議のメンバーは野田政権下での人選だけに、民主党としては文句を付けようがない。

最低保障年金というのは莫大な税財源を必要とする。それを消費税で賄おうというのだが、現在引き上げが予定されている5%とは別に、数%引き上げなければならない。とても現実的とは思えない案だ。

ところが、民主党は政治的にアピールがしやすいという思惑から、この最低保障年金を“抜本改革案”だと宣伝し続けてきた。その結果、自民党との年金協議は、いつも入り口論で行き詰まってきたのだ。

これが“ダメ出し”になったことで、参院選後の年金改革議論は、ようやく制度の中身に入ることが期待できる。

もう一つ、高く評価したいのが、年金支給開始年齢の再引き上げに踏み込んだことだ。67~68歳を念頭に検討する方針を打ち出した。現在、65歳に向けて段階的に引き上げられている途中だが、これをさらに上げようというのである。

40年後の日本は、年金受給者となる65歳以上が総人口の4割を占める。これでは、年金に限らず社会保障制度はとても維持できないだろう。支給開始年齢の引き上げは、いわば「避けては通れない課題」とも言えるものである。

年金の支給開始年齢の引き上げというのは、世界の潮流でもある。日本ほどに高齢化が進むわけではない米国やドイツだって67歳、英国は68歳まで引き上げる予定である。

支給開始年齢の引き上げをめぐっては、構想が持ち上がるたびに批判が続出し、有権者の反発を恐れる歴代政権は言い出せないできた。

法律に基づいて設置された国民会議が打ち出せば、政府・与党も無視はできないであろう。安倍政権がこれをどう捌くか、これも参院選後の大きな注目ポイントだ。

一方、医療制度改革といえば、国民健康保険(国保)の広域化と病院機能の再編が2大テーマとなりそうである。

と言われても、何をどうしようというのか、一般国民にはさっぱり分からない。

まず、国保改革であるが、いまや国保には不安定な働き方を余儀なくされている人も大量に流れ込み、その財政基盤は極めて厳しい。市町村が毎年3500億円以上もの公費投入することで何とかやり繰りをしているのが実情だ。

人口減少もあって自治体そのものの存立が危ぶまれるところも増えてくるので、運営主体を市町村レベルから都道府県に広域化しようというのである。

ただ、広域化には課題も少なくない。第一、県内での保険料格差が大きく、都道府県で保険料を統一しようとすると、現状に比べて相当アップしてしまうところが出てくる。

もう一つは、不慣れな県庁マンで保険料をきちんと徴収できるのかという懸念である。広域化して収納率が下がったのでは、元も子もない。

この点について、国民会議は、保険料率は現在と同じく市町村別を維持し、保険料徴収も市町村が引き続き関わるようにしようとしている。しかし、これでは運営面ではこれまでと同じだ。いかにも都道府県化ありきの印象である。

背後で、国庫補助が膨らむことを嫌う国が、「是が非でも、この機会に都道府県に責任を持たせてしまえ」と考えている節が見え隠れする。

さらに一般国民にとってわかりにくいのが病院機能の再編だ。

日本の場合、急性期と回復期などの病床機能が不明確である。それが医療の非効率となり、医師や看護師の過剰労働につながっている。だから、2次医療圏ごとに病院間連携や再編を行い、医療機関ごとに果たす役割を明確にしようというのである。

しかし、真の狙いは医療費の抑制のようだ。どういうことか。関係者の説明を整理すると次のようになる。
(1)日本の医療機関の多くは民間が経営している。
(2)となれば、病院経営者は従業員を食べさせていくために収益を確保せざるを得ず、患者集めに必死になる。
(3)結果として、地域全体の効率を考えずに自分の病院の規模の拡大に走る。
(4)病院規模が大きくなればベッド数も増え、導入した高額な医療機器を遊ばせておくわけにいかないので検査漬けとなる。
(5)ここにメスを入れなければ、医療費がパンクする。

つまり、民間病院による規模拡大競争を止めさせるための病院機能再編ということになる。与党内からは「手術など要する救急医療は公立病院が行い、民間病院には回復期や慢性期の患者を受け持ってもらう、という住み分けだ」(閣僚経験者)との解説も聞こえてくる。

年金についても、医療についても、国民会議が提言しようとしている改革案は、長年の懸案事項である。裏返せば、一筋縄ではいかないから放置されてきたテーマということでもある。

果たして、有権者や病院経営者らの理解をどう取り付けて行くのか。安倍晋三首相の政治家としての力量と覚悟が問われる政界「秋の陣」となりそうである。

河合 雅司
政治ジャーナリスト


編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年7月16日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。