24年度の卒業者1047名、就職希望者533名、就職者461名、進学者126名、その他(作家活動を含む)460名。就職希望者の就職率は87%だが、卒業者から進学者を除いた就職率は、なんと50%。これが武蔵野美術大学(ムサビ)の就職状況である。美術大学だから就職以外の人生を選ぶ人が多いのは予想がつくのだが、この数字を見たら受験生の親は不安になってしまうのではないか。そう思い、柴田葉子 就職課長にインタビューを敢行した。
──卒業生の半数が、フリーの作家活動に従事しているのが実態です。芸術家は名乗ればその日からアーティストですから。いろんなタイプがいます。日展とか団体展でやっていこうという人、現代美術作家を名乗り、既存の芸術の枠にはまらない人、画廊付きになる人。海外に行ったり、誰かの弟子になったり、非正規雇用の教員になったり。いろいろな人がいます。
就職希望者の就職率は年々良くなっています。卒業後の就職活動もケアするので、夏休み前にはおおむね決まりますね。うちは進学、就職、作家活動と大きく3つの進路があるので、一般の大学と就職率を競っても仕方がありません。美術家も養成する、企業に勤める人も作る。そうした大学なので、世の中の基準だけで評価されるのは困ります。自分は会社に入って仕事をするか、本気で美術家になるか。学生時代に多くの学生が真剣に考えています。
企業からの求人は、リーマンショックや震災などの影響も大きかったのですが、今年は復活気味です。景気が良いと学生は就職志向になります。大学院進学もそれなりに多いのが美大の特徴で、修士の2年間で技術が上がりますから、企業から評価されます。景気や採用には波がありますので、メーカー不況の年には大学院進学率が上がった年もありました。
美術の教員になる学生は、それほど多くありません。23年度は公務員+教員で12人(2.7%)。24年度は17人(3.4%)。ほとんどが教員で、公務員は少ないです。これでも一時期よりは随分増えました。団塊世代が退職して採用が増加したためです。数年前までは、教員になるには非常勤のポストしかなかった。今は専任で採用されることが増えました。市場は回復しています。今は非常勤の教員になる学生は少ないです。入学時は教員希望者は多いですが、取得単位数が多いこともあり、教職課程を履修する学生が、学年が上がると徐々に減っていきます。まず民間企業を希望する学生が多く、教員採用試験に受かっても民間企業を選ぶ学生も少なくありません。
就職の場合、美術を生かした専門職のデザイナーなどに7~8割、一般的な総合職2~3割という感じです。美大生が有利な点は、総合職にも美術職にも応募できるところです。就職課では学生の就職先業種を20種に分類しています。
なかなか就職が決まらないタイプという学生は、それほどいませんが、あえているとすれば、スタートが遅い学生ですね。卒業後にようやくとりかかるとか。そのため、自己分析、業界研究、マナー、面接などのトレーニングが不十分な学生がいます。しかしそうした学生は作家活動に力を入れていたために準備ができていない場合が多く、エンジンがかかれば、実力を評価されて就職は卒業後でもできます。既卒でも、大手の子会社とか、制作会社など、業界のどこかには入れる。むしろ、有名企業志向ではなく、自分が納得できる会社や仕事を選んで、そうした企業に行く学生もいます。たとえばゼネコンよりも、小さな建築設計事務所の方が好きだ。というような事例です。
なんといいますか、自分の「フィット感」を大事にする学生が多いです。デザイン性が高いとか、自分の嗜好に合っているなど、「こだわり」を持って会社を選びます。ただし、こだわりが強すぎるとなかなか就職が決まらないので、そこは広くとらえるように指導しています。「フィット感」を大事にしすぎるのも考えもので、たとえばグラフィックデザインやウェブデザインの業界は大変なニーズがあり求人も多いのですが、意外と学生は行きません。社会のニーズと学生の嗜好にズレが生じています。本当にムサビ生が欲しいという求人は多いのに、満たしていないのが現状です。大手メーカーからデザインや美術の専門職の採用枠で求人があるのに、意外に学生が応募しない。皆さんが思っている以上に、社会は美大卒を欲しがっています。就職するなら苦労はしません。
3月ぐらいまでは大手ナビサイトを使い、その後、大学の求人を見る学生が多いです。学生の中には、やはり就職か作家活動かで悩みながら就活を続けている学生もいます。作家になる学生も半数いるわけですから、作家支援も重要だと考えています。アーティストとして成功するのは天文学的数字だなどと放置することはできません。本当に市場で食べていける、海外からも評価され活躍できる、そんな自立した作家を作るために、作家活動支援プログラムなどのサポート講座も始めています。先生方も授業を通じて、相当教育しています。外部の講師を呼んだり、自分の経験を話したりして、どうデビューしたらいいのか、ギャラリストとどう交渉するかなど、作家として食べていくことの厳しさや技術は教えています。そもそも、作家として大成しなければ、大学の先生として招かれません。作家は長い目で見ることも重要です。大学を出てすぐに誰もが売れっ子になるわけではありません。ただ、こうした作家支援、起業、フリーランスを目指す学生の支援体制は、就職支援体制に比べて、大学としてもまだまだ取り組みは遅れている面はあると思います。
高校生にゲーム産業が人気? そうですね。ゲーム業界は成熟した業界なので、求人票を見ると、メーカーなどと比較しても給料が高いです。アニメ業界はキツイと言われますが、名の知れたアニメを作っているしっかりしたスタジオの中には、給与制の会社もあります。アニメ業界に行く学生はまれですが、行った人は活躍していると聞きます。ムサビ卒は自然にリーダーになり、チームの牽引役になっているといいますね。ただ、アニメ業界は賃金がなかなか上がらないので、そういう面ではゲーム業界に人材が流れて行っている部分はあるかもしれません。ムサビ卒がリーダーになれるのは、やはりしっかり教養教育を受けているからだと思います。大学教育の芯にあたる部分をしっかり身に付けていますから、どんな業界にでも行けます。美大の就職先は実はB to B企業が多いのです。教養ある美術家養成をかかげ、数学や物理、そして造形の基礎教育をしっかり学んでいるムサビ生は、この基礎力、教養が、社会で効いてくるのです。ですから、たとえ芸術家であっても、学力は大切だと考えています。一般常識があること、そして、造形の基礎教育。なぜ基礎が大切なのか。それは、最先端の技術はすぐに陳腐化するからです。1・2年生のうちはわりとしっかり教養を勉強するのは、そうした考えからです。学生から見たら、入学してすぐにやりたい勉強ができないかもしれません。しかし、本物の実力を付けないと、時代の変化には対応できないのです。ウチはアカデミックな大学であり、即戦力である必要はないのです。
情報通信業界もとても求人は多いですね。アベノミクスの効果でしょう。求人は大変多く来ます。手堅いです。製造業の世界は、サービス業ほどは大きく変化が無いのです。企業に入る人と、フリーになる人は、能力差はほとんどありません。優秀な学生がどちらかに偏ることはないのです。こういう意味でも、就職を選ばずその他・作家活動を選んだ半分の学生が、優秀でないから就職できなかった学生ではない、ということは、しっかりと理解していただきたいと思います。大手に入る実力が十分にありながら、自分の意志で作家という人生を選ぶ学生もいるのです。
企業は分かってくれています。フリーや非正規で活動しながら、遠回りをした人でも、優秀なら30歳でも就職できます。リーマンショック後に顕著なのは、親御さんの対応が変わってきたことです。「安定を目指せ」「有名な企業に入れ」ではなく、「好きなことを仕事にしろ」「やってみろ」とお子さんを励ます親御さんが増えた気がします。バイトや非正規雇用から実績を積んで正社員になったり、デザイン分野での権威ある賞を獲ったり、総合職で活躍している人もいます。(終)
=感想=
美大卒で就職しない半分の学生は、一般の大学と違い、「就職できないダメな学生」ではなかった。専門性を持ち、自由な働き方が選べる美大生というのは、実は若者の働き方の理想像、将来あるべき姿なのではないか。
山内 太地(やまうち たいじ)
大学ジャーナリスト
ブログ「世界の大学めぐり」
Twitter
1978年岐阜県生まれ。理想の大学教育を求め、47都道府県15か国及び3地域の881大学1171キャンパスを見学。日本国内の4年制大学783校(2012年度現在)はすべて訪問。著書に『下流大学に入ろう!』(光文社)、『時間と学費を無駄にしない大学選び2014』(中央公論新社)、『アホ大学のバカ学生』(光文社新書)など。