篠原先生「デトロイトの破滅」と「TPP」は無関係です

北村 隆司

ブロゴスに載った「限界集落→崩壊集落、限界市町村→崩壊市町村 -デトロイト破綻が教えるTPPの悪影響-」と言う篠原先生の記事を読ませて頂きました。

日本では「事実や理屈」よりも、いくら「空気」の方が大事だと言っても、「デトロイト破産」と「TPP」を関連させるのは少し乱暴すぎます。


「盛者必衰の理をあらわす驕れる者久しからず」と言う故事を導入部に引用されたのは兎も角、「デトロイトは豊田に滅ぼされた」「工業都市の繁栄は100年と続かない」と言う御主張には無理がある様に思います。

先ず、デトロイトは「豊田に滅ぼされた」のではなく、経済、社会環境の変化を受け容れず、新陳代謝を拒否して自滅したのです。

そしてデトロイトの地位を脅かした「ライバル」は、米国の地方の中小都市であって、トヨタではありません。

その証拠に、現在の米国の自動車生産地のトップ5州は(1)テネシー州、(2)アラバマ州(3)ケンタッキー州 (4)インディアナ州 (5)オハイオ州で、デトロイトのあるミシガン州はトップ5にも入っていません。

新工場の進出先の大半は地方の中小都市ですが、通勤圏に充分な労働力さえあれば、村や荒野近い地域進出した企業も少なくありません。

これらの進出企業は、日本やドイツ等の外国企業だけでなく、米国の三大自動車メーカーも大々的に進出しています。

「デトロイトの破産は、市が直面する緊急な問題への対応を後回しにして、政治、経営、組合など夫々の関連指導者が、自分達の既得権の死守に奔走して経営を誤った結果」だとする意見が米国では多数を占めており、デトロイトの破産を「TPPやトヨタ」を結びつけた意見は聞いた事がありません。

要するに、デトロイトの破産は、人災だったのです。

これは正に、先生のお隣の県の武将武田信玄が「勝敗を決する決め手は堅固な城ではなく、人の力である」と示唆した「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」の故事の通りです。

従い、「デトロイトは豊田に滅ぼされた」と言うのは誤りで「デトロイトはトヨタに学ばず滅びた」と言うべきでしょう。

先生は「その豊田の盛者の期間も何10年で終わるであろう」と予言されましたが、そこに「新陳代謝を怠れば」と言う条件をつけて頂ければ、「占い師」のご託宣よりもう少し科学的な予測になったと思うと、ちょっと残念です。

生物は「新陳代謝」を怠れば死滅します。デトロイトも都市とは言え「生き物」である事に変わりなく、「新陳代謝」を拒否すれば死滅するのも道理です。

生物体には既得権者が住んでおりませんから、必ず古いものが新しいものに入れ替わりますが、現実社会の場合は利害の衝突が激しく、これを正しい方向に導く責任のある政治家の役割は、重にして大なるものがあります。

先生は悲観的な意味で「今日のデトロイトは明日の日本の中小都市」と書かれましたが、米国の地方中小都市がデトロイトに勝利したと言う事を知れば、日本の地方中小都市の住民も勇気百倍、大いに張り切るに違いありません。

次に、「工業都市の繁栄は100年と続かない」と言うご意見ですが、工業都市を生んだ産業革命で中心的役割を果たした繊維の街マンチェスターも、英国繊維工業の衰退と共に一時その地位を落としましたが、今日では商業・高等教育・メディア・芸術・大衆文化などの中心地に生まれ変わり、経済的にはイギリス第二の都市として栄華を取り戻しています。

同じ事は、産業革命と共に近隣で採掘される石炭と鉄鉱石によって工業化が進み、綿工業や造船業が盛んになったグラスゴーも、衰退した時期もありましたが、その風光明媚な入り江やウイスキー、スコットランド独特の羊毛製品、名門の博物館、ハイテク技術、大学などを活用し、今では年間300万人もの人が訪れる観光、科学・文化都市に生まれ変わっています。

日本のマンチェスターと呼ばれた大阪なども、一刻も早く地元の衆知を活かせる道州制を導入してマンチェスターやグラスゴーの様な都市に変貌させ、日本の他都市のモデル役をして欲しいものです。

帝国データバンクが「100年続く企業は3%ない」と篠原先生に示唆したとの事ですが、3%の意味が判りませんが現在の企業総数や規模など全てで100年前に比べ、現在は格段の進歩を遂げており、3%は兎も角として、生存には新陳代謝が欠かせないと言う意味で示唆したとすれば、それはその通りです。

先生が、今は繁栄している企業もいずれ競争に負け、今の日本農業の様な苦難を迎えるのだから、TPPは恐ろしいと言う解釈をされたとしたら、それも誤解でしょう。

米国では米国最古の上場企業である1760年設立のLorillard Tobacco Companyを始め、多くの名門企業が、会社名を変えたり吸収合併を繰り返して生き残っています。

補助金が「生命の綱」と演説して来た篠原先生には辛い事だと思いますが、この「新陳代謝」必要論については「もういい加減にこのことに気づいていいはずである」と言う先生のお言葉をそのままお返ししたいと思います。

時と場合により、「補助金」や「関税障壁」は必要であり、この決定をする事が国家の大きな任務である事は承知していますが、補助金行政は「新陳代謝」を妨げ、独り立ちを遅らせる欠点もあります。言い換えますと、補助金は子供自転車の補助車輪の様なもので、出来るだけ早く取り除くことが子供の自立の為にも必要です。

ジェトロとかWTOの資料によれば、日本の平均関税率は主要国の平均より寧ろ低い位でありながら、海外から高関税国家の様な悪いイメージをもたれる原因は、主要な貿易商品である「米」の関税が突出しすぎているからです。

悪い事に、北朝鮮の「核武装」と同じように、この突出した「米関税」を死守すると叫び続ける政治家が、日本のイメージを必要以上に悪くしています。

関税障壁をいくら高くしても、農林産業の従事者の平均年齢が65歳を超える状態で永続的な競争力を持てる訳がありません。農業、林業も大胆な新陳代謝をして、創意工夫を生かした自立を図る時期です。

さもなければ、日本に沢山のデトロイトが出来る事は間違いありません。その時になって、武田信玄の故事を思い出しても、時遅しです。

2013年8月21日
北村 隆司