「オバマ米大統領の悩み」を分析する --- 長谷川 良

アゴラ

オバマ米大統領は「アサド政権が8月21日、ダマスカス郊外で化学兵器を使用した」と表明した時、欧米諸国だけではなく、アサド政権ですら米軍の軍事介入は「明日かその翌日にも始まるだろう」と考えたものだ。ところが、オバマ大統領は突然、「米連邦議会の承認を得る」と言い出したのだ。そうなると、米軍の軍事介入は早くても夏季休暇から議員がワシントンに戻る9日以降となる。


シリア反体制派勢力はオバマ大統領の優柔不断に失望し、中東の同盟国イスラエルでも同様の反応がみられた。ユダヤ人の精神分析学学者エンゲルベルク氏はオーストリアの「プレッセ」に寄稿し、その中で「ナチス・ドイツ軍の台頭時」を例に挙げ、オバマ大統領を間接的に批判していた。1930年代、ナチス・ドイツが台頭した時、欧米諸国はナチスを懐柔できると考えたが、ナチス側は急速に勢力を拡大し、取り返しのつかない状況となったことは歴史が物語っている。同じような過ちを米国はアサド・シリア政権に対して犯す危険性があるというのだ。そして、オバマ大統領を旧ソ連共産党政権の戦略を読めず、共産勢力の進出を許したカーター元米大統領と同列視し、外交センスの乏しい米大統領といった印象を与えている。

エンゲルベルク氏は「クリントン前国務長官はシリアへの域内飛行禁止地帯の設置と反体制派への武器供給を提案したが、オバマ大統領は同案を拒否した。大統領が当時、国務長官の提案を実施していたならば、10万人の犠牲者を出さず、その半分の犠牲者でシリア内戦を終焉できたかもしれない」と書いている。

同氏も認めているが、1930年代のナチス・ドイツとアサド政権とを同列に置いて論じることは無理がある。後者は中東全域に及ぶ問題であり、複雑だ。そのうえ、アサド政権の打倒が即、シリア問題の解決とはならない。米軍がイラクのフセイン政権を打倒した後、イランの支援を受けたシーア政権が発足した。米軍は親イランのイラク政権誕生を助けたことになる。同じことがアサド政権崩壊後、生じない保証はない。

すなわち、オバマ大統領の決断が遅れているのは、「悪」と「善」の選択ではなく、「悪」と「もう一つの悪」(反体制派には国際テロ組織アルカイダに近いイスラム過激派グループが加わっている)との選択を強いられているからだ、ともいえる。米軍が軍事介入し、アサド政権を打倒したとしても、その後、民主的なシリアが誕生する保証は残念ながらないからだ。世界の警察を自負する米国は過去、アフガニスタンやイラクで大きな戦力的ミスをした。オバマ大統領はシリアでその過ちを繰り返すことになるかもしれないからだ。

イラク戦争勃発前に日量数百万バレルの原油生産量があったイラクとは違い、シリアは内戦前でも日量30万バレルの生産量しかない。だから、「シリアへの軍事介入は米国の国益とは無縁であり、危険が大きい冒険に過ぎない」といった軍事介入反対の声が出てきても当然かもしれない。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年9月5日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。