世界経済を破壊した金融王たち - 『世界恐慌』

池田 信夫



邦題は1930年代の経済史みたいだが、中身は各国の中銀総裁を中心にしたノンフィクションである。大恐慌の原因については、学問的にはほぼ明らかになっている。第一は、その原因が「有効需要の不足」といったリアルな問題ではなく金融危機だったこと、第二は、それがアメリカだけではなく世界の金融システムの問題だったことだ。本書は、この問題を4人の「金融王」の物語としておもしろく描いている。

その4人とは、当時のNY連銀総裁、イングランド銀行総裁、フランス銀行総裁、ライヒスバンク(ドイツ)総裁だ。といってもよくある、彼らが結託して世界を危機に陥れたといった「陰謀史観」ではない。むしろ彼らは相互に連絡を取りながら世界経済を救おうと努力したのだが、彼らが共通にとりつかれていた固定観念が問題を悪化させたのだ。

その固定観念とは金本位制である――と種あかしをしてしまうと興ざめかもしれないが、この結論は最近の経済学の実証研究とも一致する。他ならぬバーナンキが明らかにしたように、世界経済が長期にわたって混乱した最大の原因は、危機を伝播させる金本位制を各国の中央銀行が危機の最中に必死に守ろうとしたことにある。

著者によれば、1929年の株価暴落の原因となったアメリカのバブルの原因も、NY連銀がイギリスを金本位制に復帰させるため、イングランド銀行に巨額の借款を供与すると同時に、返済を楽にするため金利を引き下げたことにある。当時の中央銀行は民営であり、銀行家たちの個人的な友情によって金利が動かされ、彼らの閉鎖的なクラブによって世界経済が動かされたのだ。

株価暴落のあと起こった銀行の連鎖倒産をFRBが放置したばかりか、通貨防衛のために金利を引き上げたため、それが世界的に波及して取り付けが拡大した。それでも銀行家たちは金本位制を守ろうと金融を引き締め、政府は財政支出を削減し、金融仲介機能が全面的に崩壊した。最悪の事態が終わったのは、ルーズベルトが銀行家たちの反対を押し切って1933年に金本位制を離脱したときだった。

バブル崩壊や経済危機は、つねに予期せぬ「ブラック・スワン」によって起こるが、1930年代の悲劇は、危機が起こってからも銀行家たちが問題を理解しないで、金本位制という「野蛮な前代の遺物」(ケインズ)にこだわったことだった。この点で2008年の金融危機では30年代とは違い、各国の中央銀行は金融仲介機能を守るために大量の資金を供給したので、本書のような問題は避けられた。

しかし、ブラック・スワンはつねに別の顔でやってくる。日本のように莫大な政府債務を抱えて長期金利の上昇が始まったとき、国債を日銀がすべて買い占める財政ファイナンスを続けていると、黒田総裁も恐れているように、国債市場の崩壊が財政・金融の全面的崩壊をもたらすかもしれない。