「労働基準法」の隙間に生まれる、「ブラック企業」 --- 玄間 千映子

アゴラ

この9月を「過重労働重点監督月間」として、今、厚生労働省がブラック企業を撲滅しようと腰をあげたという。その、ブラック企業だが、デジタル知恵蔵によれば「ブラック企業」とは次のように定義されている。

<度を超えた長時間長労働やノルマを課し、耐え抜いた者だけを引き上げ、落伍(らくご)者に対しては、業務とは無関係な研修やパワハラ、セクハラなど肉体・精神を追い詰め、戦略的に「自主退職」へと追い込む企業

しかし、厚生労働省がいくら意気込んだとしても、せいぜい未払い残業代の有無がブラックか否かの判断材料となってくるぐらいだろう。


なぜなら、「労働基準法(略:労基法)」が軸としているのは賃金と時間の関係で、その勤務時間の中でどういう働きをしてもらうことにするのかという情報を提示せよ、とはなっていない。

「労働基準法」という、最低限の労働条件を定めた法律の中で、「どういう働きをしてもらうことにするのか」という肝心な情報を働く者へ提示せよと、組織に義務づけられていないのだ。


働く人を守ってくれる日本の労基法では、労働契約の際に企業が提示する情報について次のように整理している。

“第二章 労働契約
(労働条件の明示)
第十五条  使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。”

とあり、「その他の労働条件」は「労働基準法 施行規則 第5条」に整理されているのだが、それには賃金とのバランスを考える際に必須となる肝心な「業務の難易度を判断できる情報」は、どこにもないのである。

その「労働基準法 施行規則 第5条」を文末に付記として載せるが、ここにブラック企業の発生を許してしまう素地がある。

もちろん、殆どの会社では営業職とか、事務職、必要とされる資格の種類ぐらいのことは示しているだろう。しかし、それでは賃金の相対となる働きの内容を示したことにはならない。

必要なのは、働く側が「自分が担う業務の難易度を判断できる情報」だ。

「その業務がどれくらいの難易度か?」

その内容が、「簡単だ」と思えば賃金が安くても人は納得するものだし、「難しい」と思えば普通はそもそも職に就こうなどとは考えないものではないか。

しかし、その難易度が分からなければ働く者は自分の感覚で決めざるを得ない。

「明日から来ますか?」と組織から問われた時に、自分が自信を持って「はい」と答えられる根拠がないのである。それでは、受け身の働き方になっても当然だ。組織は文句をいってはいけない。

働く者が「提供できる働きの内容」と、組織が「欲する働きの内容」とのミスマッチ。

このミスマッチが、結果としてブラック企業を生み出しているのではないか。

ならば、賃金と働きの内容のバランスを取るために双方の間で、この情報を共有するようにすればよい。

このバランスは経営戦略上非常に重要なため、欧州各国、米国のみならず急成長中のシンガポールや中国では、むしろ企業側が率先して「働く側が担う業務の難易度を判断できる情報」を募集の段階で提示することは当然のこととして行っている。

働く者からすれば、雇用の機会は切実なものなのだ。ブラック企業であっても、職場がないよりマシなのである。だから、働く者は追い詰められ、悲鳴を上げる。

それを防ぎ、最初からブラック企業に近づかないようにする、あるいはブラック体質の改善を組織に早期に促すには、働く者へ「業務の難易度を判断できる情報」の提示を義務づけることが一番だ。その機会を通じて、体質改善も進むというものだ。


IT時代の働きは勤務時間数より、むしろその時間の中でどういう働きをしてくれたかにこそ意味がある。労働時間の管理はもちろん大切だが、それ以上にIT時代の職場では勤務時間の中でどういう働きを求められることになるのかを、働く者が知ることができるようにすることだ。

IT時代の雇用において「業務の難易度を判断できる情報」は、それほどに職場を決める際の重要な意味を持っているのである。

今日のブラック企業の発生源は、労基法の盲点、ITとの協働を求められているという今日の職場環境の変化に法律が追いついていないところに問題があるといっても、過言ではないと考える。

この日本で働く者を守ってくれる「労基法」では、労働者と使用者は対等の立場において雇用関係になること、とされている。

“ (労働条件の決定)
第二条  労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。  ”

もちろん、応募者の側から「業務の難易度を判断できる情報」を微に入り、細に入り聞くことは不可能ではない。だが、そんなことをしたら、組織にうるさがられるだけであり、みすみす自分を雇用の機会から遠ざけてしまう事になるのは自明の理。
だから聞けるわけがないし、だから法律には対等と記されてはいても、対等には最初からなれやしない。少しでも対等な関係にするためには、「業務の難易度を判断できる情報」を採用段階で提示することを義務づけることが必要だ。

(……しかし、このことに気づかないのは労基法を所管するところの職員が「公務員」という、定年までの雇用が法律で守られている環境にあるからだとすれば、国民としてはやりきれない)


付記:
“ 労働基準法 施行規則 第5条
使用者が法第十五条第一項 前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は、次に掲げるものとする。ただし、第一号の二に掲げる事項については期間の定めのある労 働契約であつて当該労働契約の期間の満了後に当該労働契約を更新する場合があるものの締結の場合に限り、第四号の二から第十一号までに掲げる事項について は使用者がこれらに関する定めをしない場合においては、この限りでない。
1.労働契約の期間に関する事項

1.の2 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
2.始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を2組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
3.賃金(退職手当及び第5号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
4.退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

4.の2 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
5.臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及び第8条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項
6.労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
7.安全及び衛生に関する事項
8.職業訓練に関する事項
9.災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
10.表彰及び制裁に関する事項
11.休職に関する事項 ”

玄間 千映子
(株)アルティスタ人材開発研究所
代表