「社会科」軽視につながる受験制度を正せ --- 酒井 峻一

アゴラ

下記の文字と数字が何を意味するか、お分かりいただけるだろうか。

外国語(英語)     200
地理歴史        100
論述力         100

英語           90
国語           70
地歴・公民または数学   70

大学入試について少し、かじったことがある人なら、すぐに分かるはずである。そう、合格者偏差値は65超に達するとされる、日本を代表する二大私立大学の文系学部の一般入試の配点だ。
(ちなみに上側は慶應義塾大学法学部、下側は早稲田大学政治経済学部の配点である。)


某私立大学の卒業生である私は、私立大学の3科目入試は国公立大学の入試に比べて軽量だとバカにするつもりは毛頭ない。またその資格もない。

問題は、私大専願の受験生が割に合わない勉強を課せられることである。

現在、早慶上智ならびに明青立法中・関関同立の地歴試験は論述解答の極めて少ない暗記偏重型の試験となっている。これは受験者数の多い有名私立大学ではマーク式や短い記述式でないと、採点処理がおぼつかないという理由によるだろう。

実際、どうあがこうとマンモス大学においてマーク中心の試験を改めることは難しいだろう。その点は筆者も理解している。

しかし、私大専願で本番の試験にて日本史を選択する受験生は日本史にのみ専念し、世界史の授業について手を抜くという行動に出るのではないだろうか。それゆえ、彼らは日本史については入学の時点でかなり詳しいものの、フランス革命や近代憲法など他科目の初歩について驚くほど知らなかったりもする。逆もまた然りである。

これは問題ではないだろうか。日本史偏重人間や地理偏重人間より、日本史・世界史・地理・政経など社会科を満遍なく知っている人間の方が、大学や社会人のスタート地点において優位ではないだろうか。

大体、細かい用語ばかり丸暗記しても、それを論述的思考力に役立てるような形で覚えておかなければ、卒業する頃には受験時に覚えた細かい用語など忘れている。きれいさっぱり忘れ去れば、受験生時代の暗記経験が徒労に終わってしまう。

また大変ご丁寧なことに、日本の社会科の教科書は重要語句がゴシック体となっており、あたかもその「点」のみ覚えれば、「流れ」など分からなくてもよいといわんばかりの妙な仕様になっている。もちろん、英語圏の社会科の教科書にもそのような配慮は見られるが、日本ほど露骨ではない。教科書の執筆者は未だに暗記型人間を量産したいのだろうか。

私は丸暗記を全否定しているわけではない。基本用語の中には努力して丸暗記すべきものもある。

しかし、用語や年号を単に「点」として覚えているだけでは忘れるのが早い。逆に「流れ」の中に位置づけて覚えていれば、用語や年号が長期にわたって記憶に留まり、応用力や思考力も高められるだろう。つまり、社会科について特定の一科目に特化させるような受験体系にするよりも、社会科一科目あたりの負担を下げて複数選択を義務付け、さらに資料問題や読解問題を増やすべきなのである。

大学での社会科学系学問の主役は、法学や経済学という社会科(政経)の派生学問であり、その際に世界史や倫理の知識が大いに役立つ。他方、大学で日本の古代史を専攻したい学生にとっても、高校で日本史にのみ専念せず世界史や政経へと視野を広げておくことは悪い選択肢ではない。

また、高校教育や大学入試で英数国の重要性ばかり強調され、社会科について暗記偏重の勉強を強いられると、社会科がつまらないものにしか見えなくなり、その結果、大学や社会人生活での「社会科(社会科学)」に対して身が入らなくなってしまうのではないだろうか。

もちろん、英数国は思考力や論述力の土台として重要であるし、社会科よりも習得に時間がかかる。その点は筆者も理解しているのだが、現状では社会科への工夫がまだまだ乏しいように思う。

さらに、大学に進学しない学生としても、憲法や経済の仕組みなど政経に関する最低限の知識を身につけておく必要がある。経済に関して「名目」と「実質」の違いを読み解くとか、基本的な数値や統計を読み解くことは社会人として必須のリテラシーである。それにもかかわらず、現行のカリキュラムでは憲法や経済について触れられる政経は選択科目として位置付けられているにすぎない。

大学に進学しない人でも政経は社会人生活や選挙において大いに役立つのだから、重要ポイントだけでも理解してもらうべきなのである。この点においても、高校での社会科の勉強は「狭く深く」より「広く浅く」の方が有効である。社会科を「狭く深く」追究するのは大学の専門課程の方が望ましいわけであって、高校生の段階で特定分野にのみ専念させる社会科制度はおかしい、というのが筆者の意見だ。

自民党は高校での新科目として「公共」の導入を目論んでいるが、この機会に社会科を総合的に見直すべきではないだろうか。

酒井 峻一
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