「上げるべきか、上げぬべきか」─。
国民的議論を呼んだ消費税率の8%への引き上げ問題は、10月1日の安倍晋三首相の記者会見をもって決着した。
首相は「最後の最後まで考え抜いた」と、ハムレットの如く熟慮の上の決断であったことを強調したが、永田町では、この言葉を額面通りに受け止める人は少ない。
というのも、引き上げ時期を先延ばしするには臨時国会で消費税増税法案を修正する必要があるのに、その召集日を10月15日にセットしたからだ。「法案修正には時間をかけて国会審議しなければならないのに、国会の会期があまりに短い。首相が本気で増税先延ばしを考えたのなら、こんな日程で国会を召集するはずがない」(自民党国対中堅)というわけだ。
そうでなくとも、安倍首相が消費税増税の実施をはっきりさせないのをよそに、民間企業は予定通りの「来年4月増税」を前提として準備に走り出し、一部では駆け込み需要も始まっていた。最終決断の時期を10月にした時点で、「先延ばし」の選択はなかったということだろう。
なぜ、首相は実施表明時期を10月まで引っ張ったのだろうか。もちろん、経済情勢を最後の最後まで見極める必要があったことも間違いはない。だが、政府関係者は「財務省との条件闘争が水面下で続いていた」と解説する。
消費税増税は「政権の鬼門」ともされる。安倍政権が最もこだわったのも経済対策だった。復興特別法人税の1年前倒しでの廃止での検討などを含む、5兆円規模の経済対策を打ち出すことになったが、財政への影響を懸念して渋る財務省を説き伏せ、多くの条件を呑ませるために、「ギリギリまで考えを明らかにしない高等戦術をとった」というのだ。
首相のあいまい作戦は功を奏したようだ。「消費税増税反対派の学者を側近として登用するなど、実に用意周到だった。当初は高をくくっていた財務省幹部も、最後の最後になって『首相は本当に先延ばしの決断をするかも知れない』と疑心暗鬼になっていた」(官邸関係者)という。
しかし、安倍首相と近い政界関係者は「経済対策の首相側と財務省の攻防は、全体からすればほんの一部に過ぎない。攻防の本丸は2015年10月に予定される税率10%への再引き上げだ」と語る。確かに、首相は再引き上げに関して、一切の言質を与えていない。今月1日の記者会見でも『経済状況などを総合的に勘案し、判断時期も含めて、適切に判断、決断していきたい』と述べるにとどめた。
この政界関係者は「政治スケジュールを見れば、消費税率を10%まで上げるという選択肢はありえない。そのことは財務省も十分に分かっているはずだ」と語る。
逆算すると、首相は2015年春までには10%への再引き上げの最終判断を迫られるが、それは統一地方選挙と時期が重なる。地方ほど8%への引き上げによる経済影響は遅れて現われることを考えれば、再増税への反対論が渦巻くことが予想される。
さらに、安倍首相の自民党総裁任期は2015年9月に切れる。その翌年2016年7月には衆参ダブル選挙となる可能性が大きく、再増税はダブル選挙まで1年を切った時期にあたる。「そんな状況下で再増税に踏み切れば、ダブル選挙への影響どころか、自民党総裁選で安倍おろしが起こる」というのだ。
政界関係者は、さらに続ける。「再増税が困難なことは、消費税増税法が2段階の引き上げスケジュールとなった時点で分かったことだ。政治的に説明すれば、『10%は見せ球』で『引き上げは8%で止める』ということだ。一挙に10%に引き上げたら、それこそ経済への影響が大きすぎる。かといって、最初から8%としたら、『軽減税率を導入しろ』となり、税収はほとんど上がらない。そこで政治的に、2段階引き上げスケジュールとした。財務省としても、まずは当面大きな選挙がないこの時期の8%への引き上げを確かなものにしようとなったのだろう。自民党や財務省が8%引き上げ時の軽減税率導入を頑なに拒否したのも、みんな10%への引き上げは無理だと思っているからだ」というのだ。
自民党のベテラン議員は、この政界関係者の話を違った角度から解説する。「今回引き上げられる3%分の使い途をみれば、よく分かる。今回の引き上げで、毎年財源のやり繰りに苦労してきた基礎年金国庫負担2分の1を維持するための安定財源が固まったことの意味は大きい。安倍政権の重要政策だった子育て支援の充実もできて政権へのメンツも立った。財務省は10%への引き上げの実現を諦めたわけではないだろうが、8%で最低限の目的は達した。最後は、安倍首相サイドと財務省が握ったということだ」というのだ。
安倍首相の記者会見を待っていたように、誰がどこで決めたのか、3%引き上げ分の使途が明らかになった。いの一番で基礎年金国庫負担2分の1を維持する経費(2・95兆円)書き込まれ、診療報酬の経費(0・2兆円)や社会保障充実策としての子育て支援予算が盛り込まれた。
だが、今回の改革は「社会保障と税の一体改革」と言われるように、増税分の使い途はすべて決まっている。10%への引き上げを断念するとなれば、社会保障制度改革を議論し直すことになる。
これについて、先の自民党ベテラン議員の解説はこうだ。「10%引き上げ時には軽減税率を入れざるを得ず、思ったような税収が上がらない。実質的に8%でも10%でも大差はない。結局は社会保障制度改革はやり直すことになる」
増税したのに、70~74歳の医療費窓口負担や、介護保険の自己負担割合の2割への引き上げを検討するなど、社会保障の負担増やサービス抑制に乗り出しているのも、10%への引き上げによる新規財源をあてにできなくなりそうだからだというのだ。
とはいえ、新たな財源なくして社会保障は現状維持すらままならない。厚労省幹部からは「社会保障サービスが大きく低下する時代となって、『消費税を増税しても構わない』という世論が大きくなるまで、真の意味の社会保障制度改革などできないだろう」といったため息も漏れる。
しかし、10%への再引き上げを最終的に決めるのは国民世論でもある。社会保障を取り巻く厳しい現実にどこまで向き合うのか。問われているのは、われわれ国民の意識でもある。
河合 雅司
政治ジャーナリスト
編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年10月15日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。