福島原発の汚染水、健康に影響なし--心配なのは国民負担

GEPR

経済・環境ジャーナリスト 石井孝明

GEPR版
エネルギーフォーラム10月号から、掲載原稿を転載させていただく。エネルギーフォーラム社に感謝を申し上げる。汚染水をめぐるまとめ記事)

事故を起こした福島第一原子力発電所から流れ出る汚染水問題が社会的な関心を集めている。この問題は2020年に開催の決まった東京五輪にも、福島事故の収束にも影を落とす。本当の状況はどうなのか–。

001

写真1 福島第一原発の巨大な汚染水タンク。同種のものが約1000基も建設された。


結論から言うと、この問題が大規模な海洋汚染へつながり、人体への健康被害が起こるとは考えにくい。それなのに過重な対策によって巨額の負担が生じ、それを東京電力が背負い込もうとしている。

福島原発事故後のエネルギー・原発政策で繰り返されたように、恐怖という感情が影響して、コストと効果に配慮した合理的な対策が選ばれない愚行が、この問題でも繰り返されそうだ。この状況を変えなければならない。
 
オリンピックが絡み政治問題化

「私から保証をいたします。状況は統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」

安倍晋三首相は9月7日に開かれた開催地を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会での最終プレゼンテーションで力強く訴えた。内外メディア、IOC委員との討議では汚染水問題に質問が集中。そこで首相は「(福島第1原発の港湾で)汚染水は完全にブロックされている」と明言した。

一連の発言は懸念を払拭して東京選出をもたらした一因とされる。しかし、これによって汚染水の封じ込めが国際公約になった。

汚染水は福島原発で以前から問題になっていた。再注目されたのは、今年5月に海の近くの観測用の井戸で、地下水から高濃度の放射性物質が検出されたことがきっかけだ。確認が遅れ東電の公表が7月までずれ込んだ。

原発事故以来、原子力関係者と東電に不信が広がる。「また隠蔽したのか」という誤解と共に問題が語られた。そしてこの問題をオリンピックの候補地報道の中で海外メディアが注目してしまった。

汚染水、漏れは3ルートと推定

実際の水漏れの対応はどうなのか。汚染水漏れは3ルートと推定される。事故直後には海からポンプで水を浴びせて、原子炉を冷却した。その汚染水が原子炉近くに溜まった。水の大半は汲み出して保管している。しかし原子炉建屋は構造上海につながっていた。この水が残り、漏れている可能性がある。

また日本はどこも地下水が豊富だ。福島第一原発付近もそうで、毎日1000トン前後の水が事故を起こした4つの原子炉付近に流れ込む。水の動く速度は1日数十センチ程度という。この地下水が原子炉容器から溶け出した核燃料に触れたり、建屋内から漏れた汚染水と混じったりして、海に流れ出ている可能性がある。

また東電は事故後3カ月後ぐらいから、水を循環させて炉を冷やす仕組みを作り、使った水をタンクに貯めている。その総貯蔵量は8月末で33万立方メートル、1000個のタンクに貯蔵している。その大半は除去装置で危険なセシウムを取った。東電は安全な水を海に投棄することを検討したが福島県、地元漁協、そして韓国から反発を受けた。そのために、すべての汚染水を保管するという大変な取り組みをしている。

そのタンクの一部が破損し、汚染水が漏れたことが8月に分かった。ただしそこから出る高線量の放射線は遮蔽が容易なベータ線であり、作業員や福島への悪影響の可能性は少ない。これも漏えいルートだ。

現場は放射線量が高いために作業時間が限られ、状況が明確には分からないところがある。ただ流失経路はおおよそ分かり対策が打たれている。

徹底した水ブロック対策、その効果は?

東電は決して無策だったわけではない。「水との戦い」と、東電幹部は事故処理を振り返る。そして徹底した取り組みを行っている。地下水を流入させないために、山側に井戸を12本堀り、水を抜き取る予定だ。そして海側には外洋に水を出さないために、遮水壁を建設中だ。また数カ月以内にはセシウム以外の他の核物質を取り除く装置を稼動させる。

そして政府は問題に介入した。オリンピック決定前の9月に470億円を予備費から財政支出して、事故炉の山側に遮水壁を建設することを安倍首相自らが表明した。

この壁では杭を打ち、そこから特殊冷却剤をしみ出させて、地中に凍土の壁をつくる特殊工法を採用した。地中の地形が複雑であるために、氷の壁で水を遮断する。ただし総延長約4kmの内陸、海側双方の壁の完成まで約2年の予定だ。(写真、図参照)

図1 原子炉の周囲の壁の予定図(東電資料から)

0001

図2 遮水壁の建設の予定図(東電資料から)

0002

東電の姉川尚史常務(原子力担当)に現状を聞くと、「状況はよい方向に向かっている。原因がほぼ分かり対策が決まった。あとはそれを実行したい」という。しかし、ここまで徹底した対策を行う必要はあるのだろうか。それを聞くと、「私たちが事故を起こした。その責任を果たしたい。福島、そして多くの皆さまに迷惑はかけられない」と答えた。

しかし、ここまでの徹底した対策が必要なのだろうか。一連の取り組みに応分の見返りがあるとは思えない。なぜなら汚染水によって福島の海は、現在は危険に陥っているわけではないためだ。

福島の海の汚染、1970-80年代程度

文部科学省は、海洋生物環境研究所(東京)などに委託して、事故前から全国の原発周囲の海水、海底土及び海産生物の放射能の調査を続けている。それによれば、福島沖の海水での放射性物質の濃度はセシウム137で現在、1リットル当たり0.01ベクレル(Bq)以下で緩やかに低下中だ。濃度は現在の飲料水の基準である同10Bqよりはるかに低い。これは放射性物質が広い海で拡散していくためだ。

ただし事故前の放射線濃度は同0.001-0.003Bq程度を推移しており、それよりも濃度は上昇している。また事故直後の11年4月には、一部の観測点の海水面で一時、同194Bqと高い濃度を記録している。

海水中の核物質は海洋生物に影響を与え、それを食べると健康被害がでる可能性がある。福島沖で試験採取される海産物の放射線量は、現在の食品の安全基準「1キログラム当たり100Bq」を大半が下回る。ちなみにEU(欧州連合)諸国では同300Bqを採用する国が大半で、日本の基準は世界的に見て厳しい。

この濃度を過去と比べてみよう。図表は学術誌に掲載の北西太平洋の海水のセシウム137の濃度の推移だ。1963年に部分的核実験禁止条約が発効し、50年代から各国が太平洋で繰り返した核実験が行われなくなった。そのために海水の放射性物質の濃度は、80年まで行われた中国の核実験や86年のチェルノブイリ原発事故をのぞき、緩やかに低下している。

図表3 北西太平洋の海水のセシウム137の濃度

0003

出典‘Cesium, iodine and tritium in NW Pacific waters ; a comparison of the Fukushima impact with global fallout‘ Biogeosciences, 2013.(一部加筆)

現在の福島沖の海水の放射性物質の濃度は1リットル当たり0.01Bq以下で、過去と比較すれば1970—80年代の程度だ。この時期に海洋を利用したり、海産物を食べたりしたことで、病気が増えたということはない。

同研究所の日下部正志博士は次のように分析する。「放射性物質の海洋汚染では、海洋生物の汚染、それを食べることによる健康被害という順番に影響は起こるだろう。福島の調査の継続と警戒は必要だが、現状のデータを見る限りは、海洋汚染で健康被害が起きることは考えにくい」。

福島原発が11年3月のように状況を完全にコントロールできない危機的な状況にない以上、これから放射性物質が大量流出して、海が危険なほど汚染される可能性は少ないのだ。

場当たり的に国が介入
 
汚染水問題をめぐるこうした情報を集めると、「おかしい」と常識を持つ人なら誰もが疑問を持つはずだ。

現在は政府管理下にあり経営状況が厳しい東電が、過重な汚染水の防護対策を選択している。そして、それは東電の経営の負担になる。放射性物質を「完全ブロックする」という完璧さを追求して巨額の費用がかかる対策を、私は資金面から実現可能なのかと不安を感じるし、必要なのかという疑問を抱いてしまう。

しかも「対策の切札」(相澤善吾東電副社長)と凍土壁の効果を東電側は主張する。しかし、これは言わば巨大な冷蔵庫で原子炉建屋周辺を囲むもので、その技術と効果の不確実性は大きい。ある原子炉工学の専門家は「不確実性の大きな対策に突き進んでいいのか」と疑問を示している。

もちろん放射性物質で海を汚すことは、心情的にも、倫理的に許されないし、事故による放射性物質は可能な限り閉じ込めることは当然だ。しかし、対策の見返りとなるメリットが得られると、私には思えない。

以下は筆者の私見で実現が難しいことは理解しているが、汚染水を海に流すという選択肢はある。福島県によれば県内漁港の水揚げ高は2010年に約100億円だ。金銭面だけで考えれば、安全性の確認された水を管理しながら海に流して補償をした方が、総対策費用は安くすむはずだ。

なぜコストと効果を考えた合理的な対策が選択されないのか。これは根が深い問題で、事故直後に決まった原発事故の処理スキームのおかしさにつながる。

今は東電が事故の責任者として、賠償事故処理の無限責任を担う。そして国が賠償だけを原子力損害賠償支援機構を通じて支援する形だ。これは財政負担を嫌がった国が、負担をしない形にしたためだ。

この制度を決めた当時の民主党政権は、批判を怖れて各種賠償の基準を緩く設定し、福島の除染を大規模に行うことを決定した。東電の賠償は昨年末までに3兆円と巨額になった。今後も際限のない負担を続けるだろう。

東電は昨年資本注入を受けて事実上国有化された。そうした危うい経営状況にある同社が原発事故処理すべてを担っている。その対策資金は、いつか必ず尽きる。一企業が責任を負える問題ではない。しかし国はこれまで一歩引き、場当たり的に介入する。外から見ると責任の所在が曖昧だ。

シンクタンクのアゴラ研究所の池田信夫氏所長は、次の解決策の提案をする。「事故の賠償責任を負う東電が、巨額負担に耐え続けられるのか。結局は、すべてが立ち行かなくなり、税金投入による国民負担を増やしかねない。汚染水問題で税金を投入することを契機に、国が関与を明確にして、『廃炉庁』などの組織をつくって問題に向き合うべきだ」。

ジャーナリストの田原総一朗氏も、放射能ゼロを追求する今の対策に懸念を示す。「日本の放射性物質の管理基準は事故後でも世界比較で厳しすぎる。核物質のトリチウムは人体への影響が少ないので他国では海に流しているのに、福島では溜め込む。過重な規制を、政治家と政府が直さないのはおかしい。あらゆることに東電に責任を負わせて逃げているようだ」。

原発事故処理では、放射能への恐怖を持つ民意に迎合して政治が動いてしまった。その例が、福島1ミリシーベルトまでの除染計画、緩くあいまいな指針での賠償など、おかしな形での事故処理策だ。「冷静に手間とコストを考えるべきだ」と田原氏は訴えた。

実行前にコストと効果の検証が必要

私は記者として、東日本大震災の後でエネルギー問題の取材を重ねた。そこでは、コストと効果が冷静に検証せず、無駄の多い対策が繰り返された。放射能への不必要な恐怖が広がり、冷静な対応を求める意見をかき消した面があった。また東電と電力業界に向けられた批判は感情的で、すべての責任を東電に負わせる政策を世論が一時支持をした。

確かに福島原発事故は、東電と政府のミスで引き起こされた面があり、その人災の責任は追求されなければならない。しかし、その批判は過剰な面があったのではないか。

今回の汚染水問題でも、同じ状況が繰り返されつつある。政府の動きは鈍く、その目指す方向は曖昧だ。日本と福島、そして国民負担の合理性という総合的な判断から国が大方針を打ち出していない。それなのにメディアは実現不可能な「放射性物質の流失ゼロ」を叫び、東電を批判する。

それを受けて現場の東京電力が努力を重ねる。しかし東電の努力は、局所では正しくても、全体からみると、いびつな姿をしている。

もちろん批判を東電だけに負わせることは酷だ。今回、国が汚染水問題に税金を支出したことをきっかけに、もう一度、福島事故の処理スキームの見直しを考えるべきではないだろうか。そして、そこでは、あらゆる原発事故対策で、これまで忘れられがちであったコストと効果を冷静に検証するべきであろう。

特に汚染水問題は、即座に日本に住む人々に健康被害の出るほど切迫したリスクではない。検証する時間はある。対策では、放射性物質を除去した水の海洋放出を検討するべきだ。そして凍土壁などの、技術、コスト、効果の点で不確実性のある対策については、その実施前に、慎重に検討をするべきであろう。

そして、その対策は東電だけに負担を負わせる形ではなく、国が前面に出て責任を負う形にしなければならない。そして科学的なデータに基づき、合理的な対策を検討すること、さらに東電ではなく国が前面に出て、政策の実現に向けて関係者と調整をすることが必要であると、私は考える。