糖質ダイエットと人類史 - 『炭水化物が人類を滅ぼす』

池田 信夫



私のブログで以前、『主食をやめると健康になる』という本を紹介したら大きな反響があり、「この本の通りやって15kgやせた」とか「10kgやせた」という報告があった。私もやったら血糖値は下がったが、体重は数kgしか下がらない。不徹底なせいもあるが、個人差があるのだろう。

著者も半年で11kgやせたというが、本書の本題はそこではない。肥満や高血圧や糖尿病など、炭水化物はいろいろな病気の原因だが、なぜこんなに体に悪いのだろうか。それは人体がもともと大量に炭水化物をとるようにできていないからだ。広い意味での人類の歴史は500万年ぐらいだが、農耕生活が始まったのは1万年ぐらい前だから、人類の遺伝子は狩猟・採集社会に適応している。

その一つの証拠が、排泄である。犬や猫のように特定の場所に巣をつくって定住する動物は、巣の外に排泄する習慣があるが、猿や牛や馬のように定住しない動物は、基本的に垂れ流しである。そして人間は、赤ん坊のしつけが排便から始まるように、明らかに後者なのだ。したがって食物は肉食を中心とする雑食で、もちろん穀物などは食べたことがなかった。

ところが定住して農耕が始まると、小麦や米などの穀物は効率よくカロリーがとれ、貯蔵も容易なので人口は増えたが、もともと自由に移動するノマドの遺伝子をもっている人類が集団で定住することにはいろいろ無理があった。その一つが穀物の栽培に必要な灌漑で、水路をつくって農地を管理するには国家が必要になり、文明が発達した。

しかし農耕社会になって、人類の寿命は短くなった。穀物だけ食べていると、蛋白質などが不足して栄養のバランスが悪くなるからだ。カロリーが絶対的に足りなかったときは穀物がもっとも効率的な食物だったが、現代の飽食社会では穀物はいらない。糖尿病学会は「極端な糖質ダイエットには害がある」というが、本書はそれに医学的に反論し、炭水化物は必須栄養素ではない(体内で合成できる)ので、糖質ゼロにしても健康に影響はないという。

人間の遺伝子は狩猟社会に適応しているが、そのミーム(文化的遺伝子)は農耕社会に適応している。米を「主食」として「カロリーベースの食糧自給率」を守ろうとする政治家や、会社という農村共同体を守ろうとする日本の経営者は、まだその幻想にとらわれているが、現代はもう農耕社会ではない。むしろ本能に忠実に、ノマドとして自由に生きる社会を構築したほうがいいのではないか。