英語の上達にはていねいな情景描写が「キモ」となる --- 岡本 裕明

アゴラ

国家公務員試験総合職、つまり、幹部候補試験の英語のテストにTOEFLを導入することになりました。2015年からということですから受験する学生さんは今から必死に本当の英語を勉強する必要があります。

この導入の陰には楽天の三木谷社長が取りざたされておりますが、そうであってもおかしくはないでしょう。氏は社内公用語の英語化を進め、日本の企業人の英語のレベルの低さを常々取り上げていました。氏の目論見は一般就職試験や大学入試への更なる導入拡大も考えた上でのことのようですから、仮にそういうことになれば日本の英語教育の根幹を揺るがすことにもなりかねません。そして私は賛成です。


私が海外で22年近く居住し、若い時に外国経験もあるのにいまだにベタな英語になってしまう理由はいくつかあります。そのひとつは発音を論理的に発音記号を元に理解しようとしたことで脳に本当の英語の発音を埋め込めなかったことがあります。幼少時に音として感覚的に英語の発音を覚えるほうがよいと言われるのはその辺に理由があるのでしょう。学校教育において英語発音は日本人のあまり上手でない先生の発音を聞かされながら発音記号の試験問題をパスすることに意義があったのですが、それは間違いであったことを証明しています。

二つ目に英語の表現は日本語のように短かく一言で済ませる表現形態ではないということです。一定のストーリーを含ませ、それを細かく表現することで人々に時として感銘を与えるしゃべり方がよく見られるということです。例えば先日私があるカナダの方のお別れの会に出席した際、司会者から突然「一言」を求められました。その時、とっさに故人のあるひとつの思い出を事細かに再現し、まるで作家になったようにその時の情景をきっちり話し込んだのです。そのショートストーリーの中に一定のクライマックスを持ってくれば聴衆は必ず反応します。100%確実です。事実、その日、弔辞を述べた6,7人のカナダ人はほぼ全員そのようなトーンで話をしました。

日本人は英語の表現そのものはまったく勉強していないでしょう。文法を中心にひとつの文章の間違いを探す、或いは読解という勉強で終わっていますので自分で表現することがほぼ欠如しています。しかし、TOEFLに限らず、海外旅行でも表現力というのは必要なのです。多くの日本人は旅行英語会話集や通訳用の電子手帳などで「たった一言」で全部を言おうとしますが、それ故に相手に通じないのであります。中学の英単語でかまわないのでそれを並べて情景を表現した方がより相手は理解できるのです。

日本の国際化やグローバリゼーションは好む好まざるにかかわらずやってきます。オリンピックとなれば外国人は大挙してやってきます。訪日外国人が今年悲願の1000万人達成となりそうですが、日本政府はこれは単なる通過点で今後この二倍、三倍の人が訪れる国にしようと考えています。外国人の専門職の人の永住権取得は世界でも最もたやすい国になろうとしています。これは明らかに知らない間に門戸が開かれているといっても過言ではありません。

俺は国内派だから、という時代ではなくなりました。英語教育が大きく見直される時がやってきたようです。もはや日本人は英語から逃れることは出来なくなるのかもしれません。

今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2013年11月7日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。