北朝鮮のアングリーバーズはもっと怖い --- 長谷川 良

アゴラ

欧州の北朝鮮問題専門家、ウィーン大学東アジア研究所のルーディガー・フランク教授は訪朝時に北朝鮮製のタブレットを買ってきた。価格は138ユーロ、488の電子書籍、ゲームの無料アプリが入っている。ただし、北ではインターネットへのアクセスがないという。
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▲卵を奪う豚に怒るアングリーバード(2013年11月6日、撮影)


旧東独時代、平壌に留学したことがあるフランク教授は「Samjiyonと呼ばれるタブレットには約30のアプリ、14個のゲーム、488の電子書籍が入っている。中・小学校の全教科書も電子化されている」と説明し、金正恩第1書記が誇示する“made in DPRK”のタブレットにそれなりに満足しているという。
 
興味を呼んだ点は、北製タブレットに今、ユーザーに大人気の「アングリーバーズ」(Angry Birds)のアプリが入っていることだ。スマートフォンでアングリーバーズのゲームを楽しむ若者の姿をよく見かける。親鳥が自分の卵を食べようとする豚を怖い顔して追っ払う。本来、心温まる話だが、北では、誰がアングリーバーズか、誰が豚かで全く異なる2通りの解釈ができるのだ。

平壌指導者たちは「卵を奪おうとする豚は米国であり、それから必死に守ろうとする親鳥は金正恩第1書記だ」という見方だ。もう一つの解釈は、独裁者金ファミリーに弾圧され、飢えに苦しむ北の国民こそアングリーバーズであり、国民を搾取する金正恩政権は豚だというのだ。欧米のメディアは金正恩第一書記を実際、子豚と呼んで報道しているほどだ。金正恩氏にとって、絶対許されない、危険な解釈だ。

北の国民がタブレットを初めて手にし、自身をアングリーバーズと考え、「卵を奪おうとする豚の姿は金正恩第1書記」と見なして興じるかもしれない。「卵を奪った豚たちに復讐する母鳥」という筋は平壌指導者には決して快いプロットではないはずだ。それにしても、「どうして北のタブレット製造者はアングリー・バードの無料アプリをサービスしたのか」という疑問は残る。

「その懸念は取りこし苦労に過ぎない。なぜならば、普通の北の国民は138ユーロもするタブレットを買うことなどできないからだ」と反論されるかもしれない。もっともな意見だ。それでは購買力のある人民軍の家庭や労働党幹部の子弟たちがタブレットを買い、アングリーバーズに興じる場面を想像してほしい。ひょっとしたら、このシナリオのほうが一層危険かもしれないのだ。党・軍幹部の子弟たちが心の中で、金正恩氏を豚役にして楽しむかもしれない。思い出してみてほしい。故金日成主席と故金正日労働党総書記の親子は生前、ルーマニアの独裁者二コラエ・チャウシェスク大統領夫妻が処刑される場面を見て、震え上がったといわれているのだ。

若い金正恩第1書記は「わが国でもタブレットを製造できる」と内外に誇示したいのだろうが、アングリーバーズのアプリをサービスしたのは大きな不幸の始まりかもしれない。多分、金第1書記はアングリーバーズのストーリーを慎重にチェックしなかったのだろう。繰り返すが、アングリーバーズは北の政権崩壊を導く前衛部隊となるかもしれないのだ。

ちなみに、米韓日が連携しても崩壊できなかった北の独裁政権がアングリーバーズのアプリで倒れるとすれば、デジタル時代の“21世紀の革命”がどのようにして引き起こされるかを示す最初の実例となるだろう。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年11月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。