本当の税負担とコミットメント

小黒 一正

今年(2013年)秋の臨時国会で、社会保障制度改革の工程表と位置付けるプログラム法案の審議が始まった。このプログラム法案は、社会保障・税一体改革との関係で、8月5日に社会保障制度改革国民会議が取りまとめた「最終報告」や同月21日に政府が閣議決定した「プログラム法案の骨子」に沿ったものである。

社会保障・税一体改革では、孫は祖父母よりも1億円も損をするという世代間格差の改善が一つの政治課題となり、消費税率を引き上げる法案(2014年4月に5%→8%、2015年10月に8%→10%)が2012年に成立した。この増税と「対」になるのが社会保障改革であり、その改革の成否が「本当の税負担」を決める


というのは、例えば、ある個人が生涯に支払う負担(税・保険料)が100で、改革が成功し、引退期を中心として政府から生涯に受け取る受益(年金・医療・介護)が90となるシナリオでは、この個人が負担する生涯の税負担は10(=100-90)となる。しかし、改革が失敗し、この個人が生涯に受け取る受益(年金・医療・介護)が60となるシナリオでは、その生涯の税負担は40(=100-60)となってしまうからである。

すなわち、「本当の税負担」とは、生涯に支払う負担のみでなく、政府から受け取る受益との差額の「純負担」(=負担-受益)を意味する(注:厳密には課税の「歪み」もあるが、このコラムでは無視する)。

だが、社会保障財政の持続可能性を高めるため、賦課方式に近い現行制度の下で、段階的に負担増(税・保険料)や給付削減(マクロ経済スライド・支給開始年齢の引き上げ)を行う場合、若い世代や将来世代ほど、重い負担や低い給付に直面し、これら世代の純負担は上昇してしまう可能性もある。

このような問題を解決するには、以前のコラム(事前積立の本質は何か)でも説明した通り、年金等に事前積立を導入すればよい。そうすれば、暗黙の債務の償却分(=消費税率3%分)を除き、若い世代や将来世代の純負担はゼロにできる。

ただ、事前積立を導入しても、改革に対する政治のコミットメントが脆弱で、将来に受け取る受益に不確実性があると、純負担は増加してしまう。これは、次のような事例で簡単に説明できる。まず、ある世代が現役期に100の保険料を拠出するとしよう。このとき、事前積立を導入すれば、引退期に100の受益を得るはずである(注:簡略化のために金利はゼロとするが、議論の本質は変わらない)。

しかし、改革に対する政治のコミットメントが脆弱で、その時々の情勢で場当たり的な改革(支給開始年齢の引き上げや給付削減など)が実施され、将来に受け取る受益に不確実性pがあるケースは、どうだろうか。これは確率pで改革が頓挫してしまい、(1-p)で引退期に(1-p)×100しか受益を得られないケースに相当するが、その場合、この世代が期待する純負担はp×100(=100-(1-p)×100)になる

つまり、改革に対する政治のコミットメントが脆弱で不確実性p>0が存在するケースでは、純負担の期待値はゼロでなく、p×100に上昇してしまう。このような上昇を抑制するには、場当たり的な改革でなく、社会保障改革をしっかり行い、そのコミットメントを高め、不確実性pを低下させることである。

(法政大学経済学部准教授 小黒一正)