冷戦が終焉した1990年以降、毎年10月11月、12月を迎えると東欧諸国の民主革命を思い出す。そしてつくづくと「あの時代(冷戦時代)はまだ希望があった」という感慨を持つ。
何のことかといえば、ソ連主導の共産主義社会はその理論的な誤謬だけではなく、人間が心から願う世界ではないことは明らかだった。だから、東欧諸国は民主革命に乗り出した。彼らの心の中には米国の民主主義社会が輝いていた。そのような国になる、といった決意があったからこそ、共産政権下の弾圧にも屈せずに戦うことができた。そしてその願いは一応、実現した。東欧諸国は次々と西側の民主社会クラブに入っていったが、それも束の間、雲行きが悪くなってきたのだ。
市場経済こそマルクス共産主義経済を凌駕すると信じて汗を流してきた東欧国民が「資本主義社会の問題」に気が付くのに長い時間は必要でなかった。それだけではない。共産世界に毅然と戦ってきた米国の民主主義が東欧国民が考えていたような理想的な社会ではないことが明らかになってきた。すなわち、冷戦時代の盟主、ソ連の崩壊は当然の帰結だが、あの民主主義の牙城と信じてきた米国も同じように、少し遅れて崩壊の音を立てだしたのだ。
冷戦時代の2大国は勝利者ではなく、結局、ルーザーだったのではないか、といった思いだ。特に、米国を信望してきた東欧国民にとって深刻な現実だったわけだ。目の前の目標が消滅したからだ。
オバマ米政権の現状は民主主義の政治構造が機能しないことを端的に物語っている。議会は無数のロビイストによって牛耳られ、利権争いが白昼展開している。米国の資本主義社会は実は富者を守るシステムであり、貧富の格差拡大は当然の結果に過ぎないのではないか。強者が勝ち、弱者は砂漠の中で葬られていく。米国の社会はワイルドな資本主義社会だ。レーガン時代はそれでもまだ理想があったが、冷戦後の米国社会は急速に理想を失ってきた。世界最強の国家で満足な医療すら受けることができない国民が多い。米ニューヨークの「反ウォール街デモ」参加者たちは「われわれは99%」と叫び、貧富の格差や銀行を含む金融機関の横暴を批判している。
このように書くと、「君は米国社会の実態を知らずに、批判している」と反論されるだろう。多分、その通りかもしれない。当方は「それは間違っている。米国社会は依然、民主主義社会の模範国だ」と反論してほしいのだ、東欧国民が抱いてきた理想的な米国社会であってほしいのだ。
当方は20歳代の後半、米国を見て回った。ワシントン、ニューヨーク、ボストン、マイアミ、ヒューストン、ロサンゼルス、ニューオリンズ、ハワイなどを見て回った。その第一印象は「米国はなんと大きな国か」といったものだった。食事のテーブルに運ばれるステーキの大きさにびっくりし、ボストンで食べたロブスターに舌鼓をうった。米国で食べたホットドックを欧州で見つけることはできない。景色が大きいので、車を飛ばしてもその速度感覚が分からない。かなりスピードを飛ばしても景色は変わらないからだ。当方の心に米国のイメージが刻み込まれた。米国は、共産政権下で苦しい日々を送ってきた東欧国民にとって希望と羨望の対象だったのだ。
しかし、米国も堕ちた。その崩れ落ちる音は東欧の国民の心まで響き渡ってきた。ソ連は倒れ、。米国の理想も消滅しようとしている。東欧国民のためにも米国はその建国の理想を取り戻してほしい。夢なき世界で生きるのがどんなに厳しいか、東欧国民は誰よりも知っているのだ。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年11月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。