秘密保護法についてのまとめ

池田 信夫

この法案はマスコミが大騒ぎする割に何が問題かさっぱりわからないためか、記事へのアクセスが多いので、常識的な事項を簡単にまとめておく。


まず「特定秘密」は安全保障に関する情報だということを理解しないで、原発がどうとか学問研究がどうとか騒いでいる人が多い。普通の人が軍事・外交機密に接触する機会はまずない。私は何度か防衛庁に取材に行ったが、ほとんどの情報が「機密扱い」で何も教えてくれなかった。

マスコミは今回の法案と無関係だ。西山事件以来40年で、処罰対象になるようなスクープは、読売の外交機密費ぐらいしかない。あれも形式的には外交機密だから、読売は起訴されてもおかしくなかったが、されなかった。暴露された「機密」の中身が公私混同だったからだ。つまりこの法律で逮捕される記者は現行法でも逮捕されるのだ。むしろ軍事・外交機密に範囲をせばめたことで、機密の対象は明確になった。

「特定有害活動」とか「テロリズム」が拡大解釈されるおそれはあるが、これも普通の人にはまず関係ない。その種の人々に対する情報収集は今でも行なわれているので、今回の法律で広がるわけではない。WikiLeaksのような行為は違法になるだろうが、それは当然だ。国家機密を何の手続きも踏まないですべて公開する行為が許されるはずがない。こういう行為が国民を生命のリスクにさらすことを考えるべきだ。

今回の法案で変わった最大のポイントは、今まで機密漏洩の罰則は国家公務員法と自衛隊法しかなかったのが、公務員の家族や友人、あるいは出入り業者など民間人にも処罰対象が広がることだ。これは当然で、国家公務員という身分より軍事機密という情報の属性で分類するのが正しい。

しかし運用には注意が必要だ。特に電子技術は軍用にも民生用にも使えるので、民間企業が巻き込まれるリスクがある。秘密指定や取扱者の基準は明確にして、第三者機関で審査すべきだ。この点が法案では「優れた識見を有する者の意見を聴いた上で」と抽象的な表現になっているが、これは政令などで具体化するしかない。

私はこの法案に問題がないといっているのではない。上のように特定秘密の基準が曖昧で民間人を巻き込むリスクはあるが、それは主として運用の問題だ。問題の本質はそんなことではなく、この法案が日本の安全保障にどういう影響を及ぼすかだ。

この法案がアメリカのかねてからの要請だったことでもわかるように、その最大の目的は米軍のもっている軍事機密の提供である。在日米軍は、長期的には撤退の方向だ(核兵器はすでに日本周辺にはない)。そのときに備えて、自衛隊も「自立」してもらおうというのがアメリカ政府のねらいだろう。

私は今回の法案に臨時国会で成立させるほどの緊急性があるとは思わないし、優先順位も原発再稼働のほうが高いと思う。しかし法案が提出された以上は、成立させるしかない。ここで必要以上にもめるのは、中国に誤ったシグナルを送る結果になる。

「防空識別圏」は小さな問題のようにみえるが、戦争というのはあれぐらいの小さなきっかけでも起こりうる。第一次大戦はオーストリアの皇太子がテロリストに暗殺された事件がきっかけで、当時は誰も世界大戦に発展するとは思っていなかったという。日本人もそろそろ平和ボケから覚めるときだ。