いよいよ、こんな所まで出てきたかと感じている。2014年4月に公開される予定のジョニー・デップが主役の新作映画「Transcendence(トランセンデンス)」のトレイラーが、12月20日YouTubeで発表された。この映画では、「技術的特異点(テクノロジカルシンギュラリティ)」と呼ばれるテーマが扱われている。もはやこの言葉は、近年のアメリカでのIT関係者の流行語になっている。次々に、関連書籍が出版されている状態だ。それが、技術者のみならず、ついにハリウッド映画の有名人が主役をやるような映画にまで、浸透してきたのかと少なからず驚かされる。
■人間の脳をそのままデータ化したらそれはその人か?
この言葉を、流行させたのは、発明家であり未来学者のレイ・カーツワイルで「シンギュラリティは近い―人類が生命を超越するとき」(NHK出版、以前は「ポストヒューマン誕生」というタイトルで出ていた。現在はKindle版で入手できる)を通じて、日本でもよく知られるようになった。12年11月に、新刊「How to Create a Mind: The Secret of Human Thought Revealed」を発表した。この本の内容は、要するに人間をアルゴリズム化する「ブレインリバースエンジニアリング」を通じて、人間の心を作り出す方法を論じている本だ。この著作を発表後、グーグルの創業者ラリー・ペイジに誘われ、同社に入社、現在はAI(人工知能)研究のチームの責任者になっている。ペイジは、カーツワイルの熱心な信奉者でもあり、08年にカーツワイルがシリコンバレーに設立した、シンギュラリティ大学にも支援している。
カーツワイルは、脳のスキャンして把握することで、その人の正確や記憶をデータ化することでで、サーバなりにアップロードして、自由にダウンロードできるようになるという未来像を述べている。それにより、コンピュータ内では不死になれる。それを、2030年代の終わりには利用可能になると具体的な数字をあげている。
「Transcendence」の予告編を見る限り、登場人物の一人が、何らかの事件に巻き込まれて死亡するが、脳のデータのアップロードには成功する。それがコンピュータ上で再構成される。そのAIは、亡くなる前の人物と考えていいのか……、ということに登場人物たちは、悩むことになる展開が待っているようだ。ジョニー・デップのモデルって「カーツワイルだよなあ」とか、内心思ったりする。ちなみに、WikipediaによるとTranscendenceの意味は「宇宙を超えた完全な存在」という宗教用語のようだ。
日本での映画公開は、夏になるのだろうが、「シンギュラリティ」という言葉が日本でも、一般に知られるようになるきっかけになるだろう。
■1983年に登場したシンギュラリティ
「シンギュラリティ」という言葉は、今から30年前の1983年に数学者でSF作家のヴァーナー・ヴィンジが長文のエッセイの中で言い出した言葉だ。単純化していうと、コンピュータの発展によって、「いずれ人間を超える超知性が登場する」というものだ。ヴィンジは「30年以内に我々は人間を超えた知性を創造するための技術的な手段を持つだろう。そしてそれからすぐに人間の時代は終わるだろう」と書いている。「2005年よりも前、あるいは2030年よりもあとに起きたなら、私は驚くだろう」とも書いている。
ヴィンジのような「知性を持った人間を超えるAIと、人間が対立するような未来をどうすれば回避できるか」ということは、アメリカでは真剣に議論されている。もちろん、対立の例示として、映画「ターミネーター」がよく登場する。カーツワイル自身も、こうした対立を回避するためには何ができるのかの議論に参加している。SF作家で、ロボットに関する一連の著作で知られるアイザック・アシモフが与えた影響の大きさを痛感することがある。
未来予測は外れるために存在するようなものであり、あまたの長期的な予測は占いのようなものだ。当時は、SF作家が何か言っているというレベルで、それが現実化するとは、多くの人が真剣に考えていたとは思えない。それでも、当時から、特にアメリカのAI研究者の中には、こうした考え方を持つ人は少なくなかったようだ。
■投資分野として注目を集めるAI
そして、この言葉を、カーツワイルがこの言葉を積極的に使い始めたことで、状況が変わってきた。技術的に可能であるかも知れない……という実現可能な未来が、見え始めつつあるためだ。特に、AIの分野では、人、金、物の経済に影響を与える重要な投資分野と見なされ、一気に様々な動きが出ている。これが、一連の書籍ラッシュにもつながっていると思われる。
カーツワイルのよく知られている未来予測では、コンピュータ性能の向上で、2029年までに「チューリングテスト」を超えるAIが登場するというものがある。単純化していうと、テキストチャットをして相手が人間かAIなのかを、人間は区別することができないと、AIには意識があるとする。
詳しく説明する必要もなく、これらの技術は、すでに我々の目前にある。アップルの「Siri」、09年の米国の人気クイズ番組「ジョパディ!」で、自然言語を理解しながら人間に勝利したIBMの「ワトソン」。グーグルも、また莫大な投資をしており、その一部の実用例が、最近、日本国内でも積極的にTVCMを流している「音声認識検索」であることは言うまでもない。そして、カーツワイルが昔から研究していた分野に、自然言語を正確にAIに認識させることでもあった。
そして、誰もが考えるのは、AIが最高の話相手になってくれる未来……。それは、幸せなのか、不幸なのか……。カーツワイルたちは「人類の楽園」への一歩進んだ、と答えるだろう。
■人間は機械と融合し不死になる
もう一つの有名な未来予測は、さらに進めて、2045年に人間と機械が融合するという考えだ。そして、人類は最終的には不死になる。この分野でも投資が起きている。生化学の分野だ。いずれ人間が不死になるためには、生化学分野の発展は必須になる……iPS細胞のような話だが、この分野への投資が進む要因の一つも、不死の実現に向いている。
ついでに、22世紀には人類の意識は宇宙全体を充たし「宇宙が覚醒する」という俺様SFが爆発する。ただ、これもカーツワイルの完全なオリジナルでとは思えず、言うまでもなく、オリジナルは、「2001年宇宙の旅」のSF作家アーサー・C・クラークだろう。しかし、こうした話が曲がりなりにも、発明家や技術者から出てくるところが興味深い。
こうした俺様SFは、アメリカ人のAIやロボット研究者は大好きなようで、カーネギーメロン大学のロボット工学研究所のハンス・モラベック教授がロボットとAIについて論じている00年の「シェーキーの子どもたち―人間の知性を超えるロボット誕生はあるのか」(翔泳社)にも現れる。途中までまともなAIの話が、後半になると俺様SFになるというトンデモ本一歩手前の本だ。そして、最後には、やっぱり、人間が神と等しい存在となる。
カーツワイルは、ヴィンジも、モラベックも自らの著書で言及している。研究者とSFとがまぜこぜになって、実際の研究の成果物として姿を現すのは、欧米圏(特にアメリカ)では伝統として形成されているのだろうと思う。
■シンギュラリティは「楽観的技術進化史観」
ちなみに、私自身は「シンギュラリティ」は、キリスト教的な文脈を持つ、アメリカ的な新しい宗教だと考えるようになっている。関連の人たちからは、「ギーク教」と呼んだり、「シンギュラリアン(シンギュラリティ者)」と自称する人まで出てきている。
ただ、より日本的に理解するならば、「楽観的技術進化史観」と言えると思っている。技術の発展を通じて、コントロールしながら人間の進化を促すことができるという考え方だ。なんとなく、どこかに漂う傲慢さと、実際家の部分を含めて、何となくアメリカ的であり、今のグーグルっぽい。
新 清士
ジャーナリスト
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