公務員労組に学ぶ嘘のつき方 --- 城 繁幸

アゴラ

また公務員労組がヘンなことを書いている。まったく反論になっていないが、盛大に誤解する部外者も出てきたので一応反論しておこう(重箱の隅をつつくような話なので興味無い人は無視してOK)。


まずは最初の記事で取り上げられている2008年度版データについて。
「CALCULATING SUMMARY INDICATORS OF EMPLOYMENT PROTECTION STRICTNESS」で説明されている通り、REG5~9の各1/5の合計は3.8となり、正規雇用の「Difficulty of dismissal」(解雇の難しさ)は日本が第一位だ。よって、やはり先の記事は“完全に間違い”だ。

恐らく、公務員労組は一応は原典をチェックして、この結論をなんとか回避しつつ反論せねばと焦ったのだろう。新記事はこの本丸を回避しつつ、いかに「日本の解雇規制が緩いか」をアピールするための涙ぐましい努力に満ちている。

2008年度版では全体の概要ランキングはそもそも「正規雇用の解雇の難しさ」ではなく、それを含む3つのパートから構成されている事実、さらにその「Difficulty of dismissal」(正規雇用の解雇の難しさ)についても、「手続きの煩雑さ」「解雇予告期間・補償金額」「解雇の難しさ」の3つからなると述べたとおり。

2013年度版でも若干構成は変わっているものの(非正規雇用の統計が抜けている)「Individual dismissals- regular workers」(いわゆる普通解雇)と整理解雇の際の追加規制との2本から構成され(整理解雇はまた別の話になるのでここでは省く)、やはり前者は08年版同様、手続きと期間補償金と「解雇の難しさ」の三本立てとなっている。

で、公務員労組はやっぱり懲りずに全体の概要ランキング(Individual and collective dismissals – regular workers )と、lebel2の「Individual dismissals- regular workers」を出してきて印象付けを試みる。

正規労働者の解雇規制を数字で見ると以下のようになります。Individual dismissals は、正規労働者の個々の解雇規制で、日本は34カ国中、弱い方から9番目、強い方から26番目です。

ただ、さすがにコレじゃあ反論になってないとわかっているらしく、一応“生データ”を並べてデコレーションを試みている。でもOECDの別紙※1にバッチリ明記されているように、正規雇用の「解雇の難しさ」で使うのはREG5~9であり、REG1~4は解雇とは直接は無関係なデータだ。

ついでに言うと、公務員労組の言う「日本は弱い方から○番目」という表現もクセモノで、たとえばREG4A※2なんて、34か国中、実に27カ国と同点一位の「0点」である(残りは6カ国が「1点」で同点二位、メキシコだけ2点で栄えある最下位)。さらに言えばREG5の「日本は弱い方から1番目」というのも間違いで、本当は弱い方から17番目だ。この反論記事はこういうせせこましい印象付けで満ちている。

そして、最も重要な「Difficulty of dismissal」(正規雇用の解雇の難しさ)は完全にスルーである。08年度版では加盟国中第一位。13年度版でも3ポイントで34か国中8番目だから、まあトップレベルと言ってもいい水準だろう。

ちなみに“生データ”を見ると「REG8 Possibility of reinstatement following unfair dismissal」(不当解雇の後の復職可能性)が08年度版の6ポイントから2ポイントに急落しているのが解雇の難しさランキング低下の理由だが、この5年で4ポイントもこれが下がるような大改革を、それもよりによって民主党政権が実施したというニュースを筆者は寡聞にして知らない。恐らく何かの判例を過大に評価した結果だと思われるが、企業が判例を所与のモノとして受け止め行動するようになるまでには少なくとも10年はかかるだろうから、この数字はかなり怪しいとみている。

まとめると「正社員の解雇がきわめてしにくい」という事実は相変わらず伏せたまま、関係ないデータを並べてさも正社員の解雇規制が緩い風にデコレーションしているというのが、この公務員労組の反論記事の現実である。筆者が一読して「反論になっていない」と言ったのはこういう理由だ。

もう一つ読んでいて気付いた点がある。

個人的には、日本の正社員の解雇の手続きや補償金の額については見直す余地があるように思う。恐らく、それらは「終身雇用があるから別にいいだろう」という理由でメンテされずに放置されたままという側面がある。大企業や公務員の“終身雇用”という建前を守るために、ここでも(普通にクビになることもある)中小企業労働者にしわ寄せが行っているわけだ。

つまり、そういう状況の上にあぐらをかきつつ「解雇の手続きとかは簡単なんだから、トータルで見れば日本は解雇しやすいじゃん、それで我慢してよ」とこの公務員労組は言っているわけで、中小企業のサラリーマンは真剣に怒った方がいい。

心ある“左翼”の皆さんはいい加減この公務員労組と手を切って、重箱の隅をつつくのではなく社会を前向きに改善することにエネルギーを使ったらいいんじゃないか。OECDから勧告もされていることだしね。

※1 

08年度版の「CALCULATING SUMMARY INDICATORS OF EMPLOYMENT PROTECTION STRICTNESS」はもうアップされていないかもしれないが、13年度版なら現在もアップされている。先述のように非正規雇用が抜けている以外は基本的に同じなので、計算方法やデータ構成が知りたければこちらを見ても構わない。なお計算方式を教えてくれとせがむ人は人に頼る前に自分で探す努力をしよう。

※2

9か月の任期の後の退職金。こんなのは解雇の難しさとはなんの関係も無い。当たり前の話だが、退職金なんていくら高くても経営側は賃金の一部をあらかじめ積み立てておくだけの話だ。

こっちの誤解ブログにも補足。

著者が元データを読み込んでいない&08年度版と13年度版をごっちゃにしているのでおかしな結論になっている。

1. OECDのグラフは城繁幸氏の主張を否定

2. グラフのタイトルは「個別解雇と集団解雇に対する常勤者保護」

本記事前半部で述べたとおり、単純に「ファイル名」だけ見て判断してしまっている。

3. 城繁幸氏が参照するデータも、城氏の主張を否定する

本記事後半で述べたとおり、08年版は正規雇用の解雇の難しさは第一位、13年度版は個人的には留保をつけるがそれでも8番目。

4. さらに細目を見ると、日本の解雇規制は厳しいと言えない

実務を知っている人間なら日本の試用期間が「既に雇用契約が成立していると見なされ解雇については通常の正規雇用の同等の基準が適用される」という恐ろしいシステムであることを百も承知だろう。

解雇ルールを明文化すれば、試用期間と異議申し立て期間の数値は大きく低下するのは間違いない。関係ないどころか非常に重要な指標だ。

REG5「不当解雇になる基準」がなぜに低いかについては筆者も以前から疑問を感じていて、(別紙の基準によれば)たとえば配置転換の試みなんて普通にやらなきゃならないわけで、最低でも4ポイントはあるはず。

ただ、これは恐らく、過半数の中小企業でそうした努力が行われていない点を加味している結果だと思われる。だからといって「中小や非正規雇用のクビ切りは割と自由だから法律は今のままでいい」と言える人はいないだろう。

筆者が常々言っているように「大手から中小まで無理なく守れる基準」を作れば、この点数もしかるべき点に是正されるはずだ。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2013年12月24日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった城氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。