都民のための東京都知事選の争点入門

土居 丈朗

2月9日投開票の東京都知事選挙で、何が争点になるかが話題となっている。本稿では、特定の候補者を支持も批判もする意図は一切ないが、都民(以下、20歳以上の東京都の有権者を意味する)が都知事選に期待しても意味のないことが明白な争点については、事前に明らかにしたい。

「原発問題」は、東京都知事選挙の最重要争点なのだろうか。そうしたい人がいることはわかる。しかし、東京都知事には、できることと、やりたくてもできないことがある。東京都知事にできることで都民の生活に影響を与える課題こそが、本来都知事選で争点とされるにふさわしいものである。特に、国政の課題であって、東京都知事にそもそも権限が何も与えられていないことを、都知事選の争点にできたとしても、そしてそれによって勝った候補者が東京都知事になったとしても、そこで公約したことは結局任期中に実現できるはずもない。

都知事に権限がない政策課題を、都知事選で公約した候補者が知事になっても、結局徒労になるのは都民の投票である。

他方、東京都政には、解決しなければならない課題が山積している。本稿では、誰が知事になっても克服しなければならない東京都政の重要課題を紹介することで、本来都知事選で争点とされるにふさわしい課題を探りたい。


「2原則4大争点」

私は、これまで、東京都政に関わる都庁の中で、東京自治制度懇談会(2005~2007年)、地方自治制度に関する研究会(2008年)、東京都税制調査会(2009年~現在)、東京の自治のあり方研究会(2009年~現在)の委員を仰せつかり、東京都主催公会計制度改革フォーラム(2006年12月)、東京都・大阪府主催公会計制度改革シンポジウム(2010年11月)で、講師やパネリストを仰せつかり、都政の課題について様々に検討、議論してきた。以下では、こうした中から得た知見を踏まえて、概説したい。

今次の東京都知事選挙の争点で、重要か重要でないかの判断は、2つの原則で選りすぐることができる。

  1. 国政の課題でなく都政ならではの課題を争点に都民は、国政選挙でも1票を持ち、都政の選挙でも1票を持つ。今次都知事選挙は、都政に影響を行使する票である。国政選挙の票ではない。そして、繰り返すが、東京都知事にそもそも権限が何も与えられていないことを、都知事選の争点にできたとしても、そしてそれによって勝った候補者が東京都知事になったとしても、そこで公約したことは結局任期中に実現できるはずもない。いや、実現できなくても、それを自らの責任とせず、国政に責任転嫁するであろう。国政の課題の鬱憤を国政の場でぶつけられないから間近の都知事選で晴らすというのは本末転倒である。確かに、国政政党は、都知事選とはいえ、与党に土をつけられれば、国政で野党が反転攻勢に出られるという思惑はあろう。しかし、それはあたかも「江戸の敵を長崎で討つ」かのようなもので、都民の生活に影響を与える都政の課題の解決には寄与しないだろう。
  2. 日本の首都・大都市の顔たる都知事を今次都知事選で選ばれた都知事は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催をにらんだ都政運営となることは言うまでもない。東京オリンピック・パラリンピックを成功させるための準備を、滞りなく進めていける行政を営む力量が問われる。それだけではない。日本の首都であり、日本一の大都市である東京が、その地位にふさわしい都政運営も求められる。東京は、アジアの中だけでも、シンガポール、香港、上海、ソウルなどと、厳しい国際的な都市間競争にさらされている。その都市間競争に負けないだけの東京を作り上げる力量も問われる。

では、この2原則を踏まえて、目下の東京都政で、喫緊の課題は何だろうか。少なくとも、下記4つの課題を外せば、今後の都政で大きな支障に直面するだろう。別の言い方をすれば、誰が知事になっても克服しなければならない東京都政の重要課題とも言える。ただ、紙幅の都合で、その概略の紹介までにとどめる。

①税収基盤の安定化

東京都は、全都道府県の中で税収が最も多く、他の道府県から羨まれる存在である。しかし、東京都の税収は、景況の影響を受けやすい。それでいて、東京都の行政需要は、社会保障や教育を中心に、好況であれ不況であれ、コンスタントに必要である。その状況は、次の図1に表わされている。

図1 東京都の税収の推移   出典:平成24年度「東京都年次財務報告書」
図1を拡大

東京都の財政需要に鑑みれば、好況であれ不況であれ、安定的に税収が得られるようにすることが必要である。では、東京都の税収は、なぜ景況の影響を受けやすいのか。それは、企業からの税(法人住民税、事業税)が税収全体に占める割合が高いことが主因である。東京都は、他の自治体と同様に、法人住民税と事業税を課しているが、実は他の自治体に比べて法人住民税や事業税が「増税」されている。つまり、東京都は、より高い税率で法人住民税と事業税を課している(超過課税と呼ぶ)。超過課税は、東京都が独自の判断で行っていることであり、止めようと思えば止められることでもある。

この超過課税は、2つの問題を引き起こす。1つは、より多く法人課税に依存する税収構造となるため、税収が企業業績に左右される、つまり景況に左右されてしまう。もう1つは、ただでさえ、国の法人税は、他のアジア諸国よりも高い税率である上に、東京都は超過課税までして高い税率を法人に課しており、アジア諸国の他の主要都市との都市間競争で大きな不利条件を、自ら作っている。

とはいえ、急に法人課税負担を減らすなら、どこから代替財源を得るのか、そのバランスも問われる。

②多摩地域の高齢化対策

東京都の西半分である多摩地域は、実はこれから急激な高齢化が進む。国立社会保障・人口問題研究所の『日本の地域別将来推計人口(平成25年3月推計)』によると、多摩地域に住む75歳以上人口は、2025年には2010年に比して多摩南部で2倍近く、多摩北部・西部で1.65倍前後になる。この増え方は、全国平均よりも大きい(図2参照)。

図2 75歳以上人口(2010年=1)
図2を拡大

75歳以上になると、1人当たり医療費がより多くかかることは言うまでもないが、要介護者になる人も急に増えてくる。ところが、2010年時点で75歳以上の人口比率が、多摩地域で9%程度と全国平均の11%と比べて低かったこともあり、医療施設や介護施設、さらには都市のバリアフリー化が、多摩地域ではまだ十分に対応できていない。これから急ピッチで対応していかなければならない状況である。多摩地域の市町村だけでなく、東京都としてこれにどう備えるか問われる。

③都内インフラ・住宅の耐震化

首都直下地震への対応も、喫緊の課題である。高度成長期を中心に整備されたインフラが一気に老朽化するため、その更新もさることながら、環状6号線と環状7号線に挟まれた地域に多い木造住宅密集地域の防災・減災対策をどう進めていくかも問われる(図3参照)。

図3 東京都の地域危険度  出典:地震に関する地域危険度測定調査(第7回)(平成25年9月公表)
図3を拡大

インフラの更新投資や都内住宅の耐震化のために、東京都として投資や補助を行うとしても、その財源をきちんと賄えるようにすることまで含めて、都政運営が問われることは、言うまでもない。

④都と区の利害調整

東京都は、多くの税収が得られて羨ましがられているようだが、その内部ではこの税収をめぐる攻防がある。実は、東京都には、他の道府県と異なる特別区制度がある。特別区は、市町村とほぼ同格の基礎自治体だが、税制上は市町村が課す税(市町村税)を、一部直接課さないこととなっている。それは、固定資産税と法人住民税(区民税)、特別土地保有税(現在は課税停止中)である。これらの税収は一旦東京都が課税し、55%を財政需要に応じて各特別区に配分し、45%を東京都が大都市の広域行政のために充てることとしている。

特別区側は、元来特別区で生じた税収なのだから、できるだけ多く特別区に配分すべきだと主張しているが、東京都(都庁)側は、都が大都市の広域行政を多く担っているのだから、それ相当分は特別区に配るのではなく都の取り分とすべきであると主張し、対立している。

東京都と特別区の制度(都区制度)は、行財政の配分を決める制度としては現行の政令指定都市制度より優れているとはいえ、この利害調整が絶えず生じる。東京都知事は、この利害調整にどうリーダーシップを発揮するかが問われる。ちなみに、歴代都知事は、この利害調整を積極的に仲介する役を担おうとはせず、事務方に任せることが多かった。

これら以外にも、東京都が出資する新東京銀行の経営問題や、保育所の入所待機児童の問題など、当事者にとって重要と思う課題もあろう。ただ、新銀行東京の件は、政治力というよりかなり経済原理で解決すべき課題だし、待機児童問題は、都庁として東京都独自の認証保育所制度で既に対応している上、区市町村が主体性を持って解決すべき部分も多い。したがって、今回はこれらは重視しなかった。

もし、多くの方に関心をお寄せ頂けたなら、次なる稿で、個別課題を詳述したい。

各論編
「都民のための東京都知事選の争点入門(2)」
「都民のための東京都知事選の争点入門(3)」
「都民のための東京都知事選の争点入門(4)」
「都民のための東京都知事選の争点入門(5)」
「都民のための東京都知事選の争点入門(6)」に続く・・・

土居丈朗(@takero_doi