都民のための東京都知事選の争点入門(5)

土居 丈朗

今般の東京都知事選挙に向けて、拙稿「都民のための東京都知事選の争点入門」での総論に引き続き、各論をあと2つご紹介したい。今回は各論第4弾として、都内インフラや住宅の耐震化を取り上げたい(次の最終回は、都と区の利害調整を取り上げる予定)。

東京のインフラや住宅は、高度成長期に集中的に投資・整備が行われたため、今後一斉に更新時期を迎える。東京都が建設した道路、橋梁、上下水道、浄水場、都営住宅などは、東京都の予算からその維持・更新のための費用を捻出しなければならない。

また、都内においては、震災時に火災や建物倒壊などの危険性が高い木造住宅密集地域が、環状6号線と環状7号線に挟まれた地域(すなわち山手線外側や中央線沿線の地域)に依然として多く存在する。さらに、都内における築40年以上の分譲マンションの老朽化が、今後加速的に進む見通しである。こうした地域では、単に東京都がお金を出せば解決するという訳ではない課題も抱える。

都内のインフラや住宅の更新、耐震化の必要性は誰もが認めるものだろう。だからこそ、その対応策を具体的にどう行うか、都知事選で問うべき争点である。

更新投資や防災・減災対策にいついくら投じるか

まず、東京都が建設したインフラや住宅の老朽化の状況をみてみよう。表1には、東京都が管理する橋梁と会館・体育館について、建設した年代別の分布をみたものである。これをみると、東京都が管理する橋梁の約4割は築年数が50年を超えるものであることがわかる。東京都が管理する会館・体育館も老朽化が進んでいる。

表1 建設年別施設数 
表1 建設年別施設数
資料:第2回東京の自治のあり方研究会配付資料(2010年2月3日)

次に、東京都が管理する水道を整備した年代別に分布を見たのが図1である。浄水場は、東京の人口が急増し、産業用の水道需要も急増した高度成長期に集中して整備したことから、一斉に更新時期を向かえる。ただ、浄水場を一斉に更新する工事に着手すれば、施設能力が大幅に低下して安定的な給水に支障を来す恐れがある点にも配慮が必要である。

図1 水道施設の年代別の整備量
水道施設の年代別の整備量:「東京水道長期構想 STEPⅡ ~世界に誇る安心水道~」(東京都水道局)
出典:東京都水道局「東京水道長期構想 STEPⅡ ~世界に誇る安心水道~」(2006年11月)

ちなみに、(上)水道事業は、わが国の大半の地域で市町村の事業だが、東京都下では、23区はもちろん、武蔵野市、昭島市、羽村市、及び檜原村を除く26市町で、東京都が管理・運営している。つまり、東京都下のほとんどの地域では、水道事業のあり方については都知事選挙(ないしは都議会議員選挙)で問うべき争点なのである。

東京都が管理する下水道も、1955~1975年ごろ(昭和30、40年代)に集中的に整備したことから、耐用年数が約50年といわれる下水道管は、今後一斉に更新時期を迎える。

図2 区部の下水道管の整備延長
区部の下水道管の整備延長:「経営計画2010」(東京都下水道局)
出典:東京都下水道局「経営計画2010」(2010年2月)

それだけでなく、東京都は、都営住宅も建設しており、その老朽化対策も大きな課題となっている。都営住宅を建設年別の分布をみたのが、図3である。都営住宅も、1955~1975年ごろ(昭和30、40年代)に集中的に整備したことが図3からもうかがえ、今後老朽化対策がこれまで以上に顕在化する。

こうしたインフラや住宅の老朽化は、東京都が管理するものだけではない。都内には、築40年以上の民間の分譲マンションが多くあり、2018年には約24万5000戸に膨れ上がる見通しである。これは、民間所有のマンションであるがゆえに、東京都が主体的に改築なり更新なりを行えるものではないが、後述する防災・減災との関連で解決しなければならない問題でもある。

図3 都営住宅建設年度別区市別ストック状況
都営住宅建設年度別区市別ストック状況(東京都都市整備局)
注:都営住宅には一般都営住宅のほか特定都営住宅、改良住宅、再開発住宅、コミュニティ住宅、従前居住者用住宅、更新住宅を含む
出典:東京都都市整備局「東京都都市整備局事業概要 平成24年版 巻末資料」

他方、首都直下地震への対応も、喫緊の課題である。防災・減災対策の観点から、老朽化するインフラや住宅への対応も重要だが、それ以上にかねてから重要視されながら、その解消が十分に進んでいないのが、木造住宅密集地域である。木造住宅密集地域は、図4に示されているように、環状6号線と環状7号線に挟まれた地域(すなわち山手線外側や中央線沿線の地域)に依然として多く存在する。そうした地域には、高齢者が比較的多く住んでいる場合が多い。耐震強度の弱い木造住宅を所有し居住している高齢者に、建て替えを勧めても、そのための資力がなかったり住宅ローンが組めなかったりすると、建て替えが進まない。さらには、住み慣れた家を建て替えたくないという高齢者もいたりする。こうした状況で、東京都や地元自治体は強制力を行使しにくく、これまで効果的な代替策も見つかっていない。とはいえ、木造住宅密集地域を放置すれば、巨大地震の際には建物倒壊や火災により、災害を拡大させかねない。

図4 木造住宅密集地域の分布状況
木造住宅密集地域の分布状況:「防災都市づくり推進計画」(東京都都市整備局)
出典:東京都都市整備局「防災都市づくり推進計画」(2010年1月改訂)

「防災・減災をしっかりやる」と言うのは簡単だが、木造住宅密集地域の解消には、金銭的な手段だけでは不十分で、私権の制限など行政としてこれまで以上に関与する方策も視野に入れなければならないだろう。そうした方策を、今般の都知事選挙で選ばれた新知事が、どう着手するかが問われる。

以上述べてきた、老朽化したインフラや住宅の更新投資や、防災・減災対策のためには、(お金だけではすべてを解決できないが)しかるべき財政支出を投じなければ、課題を解決できない。では、どれだけのお金が必要なのか。東京都の試算では、次のようになっている。

  • 下水道管の再構築       約1兆3000億円

  • 橋梁の更新            約5000億円
  • 浄水場の更新         約1兆円
  • 木造住宅密集地域対策       約4300億円
  • 津波・高潮対策          約3400億円
  • 緊急輸送道路等の機能確保      約500億円
    出典:東京都「『都市と地方の財政力格差是正論』への反論」 (2013年11月)

これに比して、拙稿「都民のための東京都知事選の争点入門(3)」でも触れたように、近年では東京都の税収は約4兆円、支出の規模は約6兆円というのが毎年度の予算である。東京都の支出には、拙稿「都民のための東京都知事選の争点入門(4)」でも触れたように社会保障のための支出もあるし、人件費もあるし、借金の元利返済の支出も必要である。そうした中で、公共投資のための支出として東京都は、毎年度どれだけ費やしているか。それをみたのが、図5である。1995年度以降の決算額を示した図5によると、1990年代中葉には、2兆円近い公共投資(予算上の用語では「投資的経費」)を支出していたが、その後財政状況が悪化したため7000億円台まで減らした。

図5 東京都の投資的経費(普通会計)の推移
図5を拡大、東京都の投資的経費(普通会計)の推移
注:財政支出=歳出総額-積立金(歳出額)
資料:総務省『地方財政統計年報』、東京都財務局『東京都決算参考書財務諸表』、東京都資料

拙稿「都民のための東京都知事選の争点入門(3)」で触れた2003~2007年度に税収が急増した時期でも、図5にあるように公共投資は拡大させなかった。それは、公共投資のための国からの補助金に左右された結果ではない。東京都の判断でそうしてきたのである。それは、図5をみると、「単独事業」といって東京都が主体的に行う公共投資の、投資的経費全体に占める割合が高いことからも裏付けられる。もちろん、歴代都知事も老朽化対策や防災・減災対策を何もしてこなかった訳ではない。例えば、先に挙げた水道についても、「水道管路の耐震継手化10ヵ年事業」を打ち出して着手している。同様の具体策に費やした支出は、当然ながら図5の金額にも反映されている。

老朽化したインフラや住宅の更新投資や、防災・減災対策を、今後積極的に行おうとするなら、図5にある金額以上に支出を増やすのかどうかが問われる。公共投資を増やすとなれば、税収が増えるのに合わせて増やすのか、他の支出を減らしてでも増やすのか。また、いつのタイミングで増やすのか。さりとて、拙稿「都民のための東京都知事選の争点入門(4)」でも触れたように、今後高齢化が急速に進むため、どしどし公共投資を増やせるという環境にはない。まさに、支出に関する優先順位をどうするかを含めて、今般の都知事選挙で選ばれた新知事は、当選直後に始まる2014年度予算編成で早速その真価が問われる。

「都民のための東京都知事選の争点入門(6)」に続く・・・

土居丈朗(@takero_doi