都民のための東京都知事選の争点入門(4)

土居 丈朗

今般の東京都知事選挙に向けて、拙稿「都民のための東京都知事選の争点入門」での総論に引き続き、各論第3弾として、多摩地域の高齢化対策を取り上げたい。

日本全体でも2020年代にかけて高齢化がさらに進むのだが、東京都は、今まで高齢化率が全国平均より低かったことから、これから急速に高齢化が進む。75歳以上になると、1人当たり医療費がより多くかかることは言うまでもないが、要介護者になる人も急に増えてくる。

医療と介護の給付は、国が制度全体の設計をするものの、地方自治体が実地に担う役割が極めて大きい。東京都知事は、医療や介護にまつわる重要な権限を持っている。だからこそ、東京における医療や介護は、国任せにするのではなく、東京都知事がイニシアティブをどう発揮するかで大きく変わってくる。「高齢者にやさしい街にする」と言うのは簡単だが、都知事になったらどんな権限をどのように行使してよりよくするのか、そこがまさに都民が都知事選で具体的に問うべきところである。

高齢化対策に都知事はどう権限を行使するか

拙稿「都民のための東京都知事選の争点入門」でも述べたように、東京都の西半分である多摩地域は、実はこれから急激な高齢化が進む。多摩地域に住む75歳以上人口は、2025年には2010年に比して多摩南部で2倍近く、多摩北部・西部で1.65倍前後になる。この増え方は、全国平均よりも大きい(図1参照)。

図1 75歳以上人口(2010年=1)

資料:国立社会保障・人口問題研究所の『日本の地域別将来推計人口(平成25年3月推計)』

もちろん、東京都の東半分である東京23区でも、高齢化は進む。だから、東京23区でも高齢化対策には力を入れなければならない。それにもまして、多摩南部では、75歳以上人口は、2010年の約12万人から2025年には約24万人にまで急増する。こうしたことが背景となって、東京都が給付財源を負担する高齢者医療費や介護給付費は、図2のように増大すると予想されている。

図2 介護保険・後期高齢者医療制度に係る東京都負担の将来推計

注:介護給付は「社会保障に係る給付費等の将来推計(平成24年3月)」(厚生労働省)に基づき試算、後期高齢者医療給付は「医療費等の将来見通し及び財政影響試算(平成22年10月)」(厚生労働省)に基づき試算
出典:東京都「『都市と地方の財政力格差是正論』への反論」 (2013年11月)

東京都の試算では、介護保険・後期高齢者医療制度にまつわる東京都の財源負担は、2010年度の約1600億円から、2025年度には約4400億円へと約2.7倍に増えるという。

医療や介護で必要な給付を手厚く出すだけでは、東京都知事は務まらない。給付を出すには財源が必要である。かなり大まかに言えば、自己負担を除く医療や介護の費用のうち、半分は保険料で賄い、残り半分は税金で、そのうち約半分が国、約4分の1が都道府県、約4分の1が市町村が、税金を元手に負担している(したがって、大まかに言えば、東京都は全体の約8分の1を出すことになる)。だから、医療や介護の給付が増えれば、東京都が税金を元手に出す支出も増えるし、これに東京都下の市町村もお付き合いをしなければならないから、東京都だけ増やせばよい訳ではない。さらに言えば、医療や介護の給付が増えれば、都民が払う保険料も増える。だから、給付さえ増やせば高齢化対策は万全という訳ではない

財源負担の話は、前回の「都民のための東京都知事選の争点入門(3)」とも重なるので、そちらに譲るとして、今回は、東京都知事が持つ医療や介護の権限に焦点を当てたい。

東京都知事として、医療や介護において、いかに少ない負担でより質の良い給付ができる体制を築けるかが、腕の見せ所である。

東京都知事は、東京における医療や介護にまつわる権限をたくさん持っている。まず、医療についてみよう。東京都知事は、東京都における医療を提供する体制の確保に関する計画を作成し、その計画を実現するのに必要な権限を持っている。この計画は、医療法で「医療計画」として規定され、東京都では「東京都保健医療計画」と呼ばれるものである。「東京都保健医療計画」は、5年ごとに見直され、現在あるのは2013~2017年度のものである。

「東京都保健医療計画」では、東京都内のどこにどれだけの病院や病床(ベッド)を置くべきかや、各地域における地域医療支援病院をどう整備するかや、医療従事者をどう確保するかなど、東京都内の医療提供体制の確保について、東京都としての計画が示される。まさに、東京都下で地域ごとに、どう医療提供体制を確保して、患者の健康を守るか、東京都としてのスタンスがこの計画に込められている。

東京都知事は、病院開設の許可、地域医療支援病院の承認、医療法人の認可など、医療提供にまつわる権限を多く持つ。だからこそ、東京における医療をどうするか、都知事の意向は重要である。

とはいえ、今ある「東京都保健医療計画」は、前都知事時代の2013年3月に作成済みだから、今般の都知事選挙で選ばれる新都知事には関係がない、と思うのは早計である。実は、国の社会保障・税一体改革の一環で、2025年に向けて各地域で医療提供体制に不備が起きないよう、「地域医療ビジョン」を早期に作成することが都道府県に求められている。本来、次の「医療計画(東京都では保健医療計画)」の改訂は2018年度からのものであるが、それを待たずに、「地域医療ビジョン」を作成して今ある「医療計画」に追記することにしようという動きになっている。

「地域医療ビジョン」とは、地域の各医療機関が担っている医療機能(高度急性期、急性期、回復期、慢性期)の現状を把握し、将来の医療需要を見極めて、地域ごとに医療機能の分化・連携を図るべく、都道府県が主体性をもって作成する計画である。この計画に従って、都道府県が医療提供体制の確保のために医療機関などに補助金を出すこともあり得る。この計画作成が、まさに医療提供体制をめぐる新都知事の最初の仕事ともいうべきものとなる。だからこそ、都知事選挙では、東京都下の各地域においてどのようなビジョンが示せるか、争点とするに値するものである。

介護でも、東京都知事は多くの権限を持っている。医療と同様に、東京都では介護について、「東京都高齢者保健福祉計画」を作成している。この計画は、老人福祉法に基づく「老人福祉計画」と、介護保険法に基づく「介護保険事業支援計画」を合わせて一体的に作成したものである。

この「高齢者保健福祉計画」は、3年ごとに見直され、現在あるのは2012~2014年度のものである。2015年度は、まさにこの改訂年であり、今般の都知事選挙で選ばれる新都知事が介護の方針について示す最初の計画となる。

介護保険は、市町村が保険者となって、地域の介護サービスにまつわる保険給付や保険料徴収などを行っている。だから、市町村が主導的になって取り組むものというのが基本である。ただ、介護施設開設の許可や、特定の介護サービスの事業者の指定などは、都道府県知事が権限を持っている。そして、都道府県が作成する「高齢者保健福祉計画」では、介護サービスの必要利用定員や、介護施設の種類ごとの必要入所定員といったサービス量の見込みなどを地域ごとに示し、介護サービスの基盤整備と円滑・適正な制度運営を図ることとしている。

このように、東京都知事は、介護においても、東京都下の地域ごとに、どのような形で介護施設を整備したり、必要な介護サービスが施せるようにしたりするか、市町村を支援しながら与えられた役割を果たす存在である。介護施設に入りたくても入れない「待機高齢者」がいることから、介護施設の増設が求められる一方、介護施設を増やし過ぎると介護給付がかさんで介護のための税や保険料の負担を都民に追加で求めなければならないかもしれない。介護における施設と在宅のバランスについて、東京都知事は主体的に関われる立場にある。

冒頭に述べた、多摩地域の高齢化対策も、こうした東京都知事が持つ権限をどう行使して解決してゆくのか。権限を持つ都知事だけに、抽象的なことを述べるだけではだめで、具体的に何をどうするのかを示すべきである。

「都民のための東京都知事選の争点入門(5)」
「都民のための東京都知事選の争点入門(6)」に続く・・・

土居丈朗(@takero_doi