アメリカはいかにして日本を追い詰めたか

池田 信夫



百田尚樹氏や田母神俊雄氏のような人々は、日本が「ルーズベルトにはめられて戦争に追い込まれた」と信じている。本書の邦題もそう読めるが、原題は“JAPAN’S DECISION FOR WAR IN 1941:SOME ENDURING LESSONS”。アメリカ陸軍研究所のサイトで全文が読める。陸軍兵士の教育に使われる論文なので中立に書かれており、日本の右翼が喜ぶ陰謀論ではない。

日本がハル・ノートで最後通牒を突きつけられて戦争に突入したのは「戦略的愚行」だったが、アメリカはなぜそこまで日本を追い込んだのか。本書はさまざまな仮説を紹介するが、結論は「わからない」。政権の中でも戦争も辞さないとする強硬派と、孤立主義的な世論に配慮する穏健派が対立していた。ルーズベルトは大統領選挙では日本とは戦争しないと公約したが、徐々に強硬派に近づいた。

では日本の陰謀論者がいうように、彼は日本を挑発して参戦させたのだろうか。それは考えにくい。当時のアメリカにとって重要なのは、イギリスを救うためにドイツと戦うことで、日本の戦略的重要性は低かった。真珠湾攻撃の4日後にヒトラーがアメリカに宣戦したので、「対独参戦のために日本を挑発した」という話がよくあるが、三国同盟には参戦義務がないので、日本と戦争してもヒトラーは参戦するかどうかわからなかった。

ハル・ノートの第1稿を書いたハリー・ホワイト財務次官はソ連の工作員だった(最近解読された暗号文書で判明)が、それは本筋とは関係ない。日本にとって決定的なのは、その前の石油禁輸だった。アメリカに石油を依存している国が、石油を絶たれて戦争できるはずがない。経済が破綻するのは時間の問題だから、合理的に考えれば日本は屈服する――国務次官だったアチソンなどの強硬派はそう考え、彼らがホワイトハウスの議論を主導した。

原著の結論は、ルーズベルトが日本を意図的に挑発した可能性を排除していないが、むしろ日本の意思決定を過度に合理的に想定していたのではないかと考える。太平洋戦線と大西洋戦線の二正面になったことは、アメリカにとっても大きな負担であり、本当の敵であるソ連を増長させてしまった。太平洋戦争は、アメリカにとっても愚かな戦争だったのだ。

ところが本書の半分以上をしめる「解説」は、ルーズベルトの「悪意」が日本を戦争に追い込んだという陰謀論を展開する。結論としては訳者も「疑いは限りなく強いが断定できない」というが、これは原著とはまったく違う結論だ。本書は訳書というより、日米の異なる立場の論文集であり、本としては破綻している。