今月7日、岸田外務大臣は訪米し、ケリー国務長官と会談したが、結果は現状の日米同盟の空虚さを象徴する悲惨なものとなった。
岸田外務大臣は、「改めて日米同盟は揺るぎないものであると感じた」等ともはや一方的かつ抽象的な感想を述べているが、以下では、会談がいかに中身が無いだけでなく、安全保障的には抑止力を低下させたものだったかについて論じたい。
1.ギブ&ギブの岸田外相
外務省発表、各種報道、特に国務省の発表した共同記者会見議事録を参照するに、外相会談で日本側が米国への新たなカード、もしくは既に行った成果として渡したのは以下の案件である。
・引き続きTPP交渉を推進
・核不拡散での協力
・ハーグ条約の締結
・パレスチナへの援助
・辺野古沖の沖縄県知事による埋め立て承認と移設の続行
・日韓関係での努力
・防空識別圏問題での妥協
特に、最後の防空識別圏問題での妥協は重要である。これまで日本政府は、この問題については、一貫して「受け入れず」「撤回を求める」としてきた。他方、米政府は領空のような扱いは「受けれ入れない」との立場で「防空識別圏自体の撤回は求めない」としてきた(注1。しかし、今回の会談では、単に「受け入れない」で一致したという。つまり、日本側が体裁をあわせる為に従来の方針を捨て、米国や中国に妥協したのである。
他方で岸田外相がケリー国務長官に求めたのは、日米ガイドライン改訂、オバマ訪日及び日程の言質、尖閣諸島防衛の確約、地位協定改訂など沖縄の負担軽減策だった。日米ガイドライン改訂については、現行のガイドラインでは明確化されていないグレイエリア、すなわち日中の小規模紛争や海上警察力同士の衝突の対処として緊喫であるし、尖閣諸島防衛の確約も対中抑止として重要である。沖縄の負担軽減ももはや移設が絶望的な状況だが、沖縄に住む同朋の為にも、政治的なカードとしても必要だろう。
2.テイク&テイクのケリー国務長官
しかし、ケリー国務長官は、これらの要求をほとんどはぐらかしたようである。
オバマ訪日については、ケリー国務長官は共同記者会見ではなんら発言していないし、外務省の発表ではケリー国務長官がなんと発言したかは書いていない。もし言質を与えたのなら、昨今の日米関係の状況に鑑みて出して一体性をアピールしたがるだろうから、おそらく何も言わなかったか、書けないことを言われたのだろう。
それを示すかのように、時事通信の報道では、ケリー国務長官は、「ハイレベルの交流を通じて日米関係を強化していきたい」と返信したという。要するにはぐらかされた上に、情けないことに「今後の日本側の姿勢次第だぞ」と言外に威嚇されたのである。事実、オバマ訪日は実現すら危ぶまれている情勢である。
日米ガイドラインも共同記者会見、外務省の発表を見ても同様にケリーは何も言っていない。時事通信の報道を見る限りでは、埋め立てを歓迎すると言っただけである。要するに、御苦労さまと言っただけで何にも見返りを与えていない。
沖縄の負担軽減も、岸田外相が日米地位協定の環境補足協定の第1回交渉開催を歓迎すると言っただけであり、これに対する応答もない。そもそも沖縄県が求める普天間基地の5年以内の運用停止のうの字もない。
そして、尖閣諸島の防衛も曖昧にされてしまった。これまで、前任者のクリントン国務長官は「尖閣諸島は日米安保適用地域」と明確に防衛義務を表明してきた。しかし、ケリー国務長官は、「米国はこれまで同様に日本との条約義務にコミットし続ける、これは南シナ海、東シナ海を含む」と記者会見で述べ、尖閣諸島のSの字すら発言しなかった。
東シナ海、南シナ海では、防衛範囲が日本列島だけなのか、沖縄までなのか、尖閣諸島までなのか、よくわからず曖昧である。つまり、ケリー国務長官は、尖閣諸島防衛について曖昧化した態度を表明したのである。明らかにこの表現は、クリントン国務長官より後退しており、中国からすれば米国が態度変更した、つまり尖閣諸島では防衛しないというメッセージと思っても不思議はない。
事実、オバマ政権はこの手のメッセージを好む。政権発足直後、オバマ政権は、尖閣諸島問題について「聞かれれば防衛範囲である」と微妙な表現の変更を行い、中国がCOP15や南シナ海等で問題行動を起こすと、表現を元に戻した前科がある。
つまり、ケリー国務長官は、なんら岸田外相の要求に答えなかったのだ。しかも、今回は共同記者会見での質疑応答が「時間の都合」でということで、開催されなかった。質問されたら困る状況だと言っているに等しく、これも同盟の寒々しい状況を象徴した。
(なお、1月7日の米韓外相会談でも記者会見における質疑がカットされ、朝鮮日報は異例の事態と報じ、一部のネット右翼は、これに歓声を上げたが、日米同盟と米韓同盟が同レベル扱いされている状況で喜んでいる場合ではないと思う)
また、共同通信が米当局者の発言を引用したところによると、ケリー国務長官は、少ない会談時間の3分の1以上を日韓関係に使い、今後の対応をただした。つまり、わざわざ韓国との関係改善をすべき、靖国参拝はやめるようにと叱られに言ったようなものである。
勿論、若干の見返りはあった。フミオとファーストネームで呼び合い、肩を組み、岸田外相の献上品に感謝を言っただけである。しかし、これが片思いの女子生徒から男子中学生への対応でもない限り、なんら意味がないし、うれしくもないのは御承知の通りである。
このように、ケリー国務長官は、沖縄の普天間移設(沖縄県への補助金など)だけでも兆単位の持参金を用意した岸田外務大臣に対して、何ら見返りを与えず、日本の対中抑止力を低下させ、しかも韓国との関係を改善するように説教したのである。繰り返しになるが、わざわざ何兆円もの持参金を持って、叱られに行ったようなものである。
3.思いだされる同盟国と忘れ去られようとしている同盟国
今回の外相会談は、ケリー国務長官が靖国等の報復として日本を外し中韓のみ訪問を行うという事態に、慌てた「押しかけ訪米」だったので、それほど期待していなかった。だが、正直これほどまでの結果になるとは思わなかった。ケリー国務長官がゼロ回答どころか、マイナス回答した上に、岸田外相も不甲斐なかったからだ。
実際の交渉の詳細な内容は不明であるし、そもそも安倍首相という構造要因もあるので、外相には酷かもしれないが、ここはケリー国務長官のこれまで及び今回の会談における親中的かつ同盟国軽視の姿勢を批判するべきだった。靖国後も健全な同盟関係を糊塗したかったのだろうが、このような結果になるくらいなら批判し、日韓関係悪化への非難を逆非難でかわすべきだった(注2
しかし、今更そうしたことをいっても仕方がない。今後を考えよう。今回の外相会談とその大失敗は、これまでに述べたように日米関係の悪化と対中抑止力低下以外にどのような意味があるのだろうか。それは米国の同盟国として忘れ去られゆく日本の姿を象徴しているのかもしれない
米国政治の専門家であり、青山学院大学教授の中山俊宏氏によれば、Rana Mitter による『忘れられた同盟(Forgotten Ally: China’s World War II, 1937-1945)』が米国の東アジア関係者の間で話題になりつつあるという。中山氏は、「アラーミストになるつもりはない」としながらも、「(米国民を対象にした世論調査で、日米安全保障条約を維持すべきだという意見が、前回より急減したこと等も含めて)いい兆候ではない」と危惧している。
まさに、中国という「忘れ去られた同盟国」が思いだされつつある一方で、日本が「忘れ去られゆく同盟国」「思いだされる第二次大戦の敵国」になりつつあるのである。今回の日米外相会談とその大失敗はそうした最近の危険な動きを象徴していると言えよう。
付記
こういうと一部のネット右翼はオバマなどどうでもいい。共和党に期待などとおっしゃるが、少なくともオバマ政権は2016年まで続くし、共和党が勝つかどうかなぞわからない。同盟重視のマルコ・ルビオ上院議員は、世論調査を見てもまだまだ有力大統領候補とは言い難い。オバマがそうであったように、大統領選挙は最後までわからない。そもそも、日米同盟重視といい、日米関係を復活させると豪語し、今でも縋りつくように外相会談を行い、オバマ大統領の訪日を切望しているのは、日本政府、そして安倍総理である。フェアな評価をするならば、安倍総理は、思想が右翼なだけの鳩山由紀夫であって、日米関係を漂流させているとすべきだ。
注1:バイデン副大統領、カーニー報道官、ケリー国務長官、ヘーゲル国防長官、デンプシー参謀総長らはいずれも受け入れないとだけしか発言していない。特に、国防長官と参謀総長は昨年12月4日の記者会見にて、撤回は求めないのか?との質問に対して、明確に日本政府のはしごを外している。詳細については、リンク先の記事が詳しい
注2:なお、私はリベラルかつ日本の歴史を重んじる人間として、明治以降の人工物の靖国神社に少しも価値を感じないので、靖国参拝は政治的、外交的、同盟管理的、保守主義的にもすべきではないと思っているし、他方で、その立場から見ても今回のケリー国務長官の態度は酷過ぎると思う。
参考資料
外務省:日米外相会談(概要)
国務省:Remarks With Japanese Foreign Minister Fumio Kishida After Their Meeting
站谷幸一(2014年2月11日)
twitter再開してみました(@sekigahara1958)