近隣外交の立て直しについての具体的な提言

松本 徹三

現時点では、中・韓との関係が最悪であり、これは何とかしなければならないと、少なくとも私は思っているし、国民の多くもそう考えているだろう。しかし、このテーゼに対しては反論もある事は承知している。

「日本としては一貫して正しい事をしている。中・韓がこれに難癖を付けるからといって、一々反応する事はない。反応すれば益々それに付け入ってくるのは、過去の事例を見ても明らかだから、無視するにしくはない」という考えがそれであり、心情的には分からないでもない。


特に「従軍慰安婦」の問題を巡っての昨今の韓国の中傷誹謗は度を超えているので、「韓国には日本との関係を良くしようという気持ちはなく、事ある毎に喧嘩を売ろうとしているとしか思えない。こんな状態が変わらぬ限りは、日本が国を挙げて『嫌韓』になるのもやむを得ない事であり、韓国側が考え直すまでは放置しておけばよい(日本がそれで失う物は少ない)」という見方には、かなりの人たちが共感を示してきているのも事実だ。

しかし、こういう状況に対しては、当の日本人よりも米国政府が先ず大きな危惧を持つに至っている。何を危惧しているかと言えば、下記二点であろう。

  1. 尖閣列島の上空で日中両国の空軍機の間で不測の衝突が起こる事。それが更なる中国の軍拡に口実を与える事。
  2. 今や秒読みの状況になったとも言える「北朝鮮の暴発」に対し、日韓が連携して対処出来ず、その結果、韓国は「中国依存」を強めざるを得なくなる事。

実は、これは米国政府以上に日本の国民が懸念せねばならぬ事なのだが、近年増加しつつある日本の保守(右派)系の人たちは、「毅然たる態度」等という自らの言葉に酔うだけで、このような現実的な懸念にまで考えが及ばないかのようだ。また、米国は「日中、日韓の対立は世界経済にも影を落とす」と心配しているが、それに数倍する経済損失を被ろうとしている日本国民は意外にもかなり鈍感であるようだ。

私の立場は、一貫して「どうすれば日本国民の安全と経済的利益が守られるか」という事だから、これらの問題については、勿論、米国政府以上の懸念を持っており、従って、「どうすればこの懸念が解消されるか」という具体策をいつも考えている。今日は、ずばりこの具体的な「解決策」について述べたい。

日中の問題は、第一に「領土」の問題、第二に「歴史認識」の問題である。「公人による靖国参拝」は、日本側から見れば国内問題かもしれないが、靖国神社には戦犯も祀られており、その境内にある施設(遊就館)では、かつての戦争の正当化が公然と謳われているので、中国側から見れば、これは「村山談話で確認された歴史認識を真っ向から否定する具体的な行動」という事になる。日韓間には、更にこれに加えて「従軍慰安婦」の問題がある。

先ず、世界の至る所に「領土問題」は存在するが、その何れにも「解」はない。従って、日中間でも日韓間でも、「両国の見解が異なっていて『係争状態』にある事」と「実効支配の現状」を相互に認識し、「諸条件が整うまで議論を凍結する」事と「物理的な力で現状の変更を試みることはしない」事にお互いに合意する以外に、当面の平和を守る道はない。逆に、そのようにする事にあくまで反対する国は、国際世論の支持を受けるのは難しいだろう。凍結期間は五十年でも百年でもよい。

中国側はこれに同意するかもしれない。それというのも、田中角栄と周恩来が日中国交回復に合意した時にも、同じ合意がなされたからだ。現時点で日本政府は「係争状態は存在しない」と強弁しているが、これには元々無理がある。そもそも「係争」とは二者間のものなのだから、その一方だけが一方的に「係争は存在しない」というのは論理的ではない。私自身も「尖閣諸島は日清戦争以前から沖縄の一部、従って今はまぎれもなく日本の一部」と信じて疑っていないが、中国側がそう考えないのなら、意見の相違があるのは事実であり、従って「係争状態」にある事は否定出来ない。

韓国は、竹島(独島)の問題を「歴史認識」の問題と結びつけたい筈だが、世界中の国境線の殆ど全てが「先進諸国による侵略と植民地化」の産物なのだから、そんな事を始めたら。世界中の国境の多くが潜在的な係争の対象となり、将来の国際関係を著しく不安定なものにするだろう。「竹島に関しては日韓間で意見が分かれ、係争状態にあるが、日本側には韓国が実効支配している現状を力で変更する意図は全くない」事を相互に認識すればよいだけの事だ。

もっとも、現在の韓国政府は、現状では「反日原理主義」に凝り固まっているかのようで、少しでも異なる意見を言おうものなら「裏切り者」「売国奴」と罵られかねないような「戦争中の日本さながらの状態」だから、これにさえ同意しないかもれない。だからと言う訳ではないが、日本側は「国際司法裁判所への提訴」や「竹島の日」の設定などといった勇ましい事は当面差し控え、もっぱら静かにしておけばよい。それで失う物は何もない。教科書には「この島は韓国が実効支配をしているが、その領有権を巡っては日韓両国の見解が異なり、長い間係争になっている」と、事実のみを書いておけばよい。

次に、「歴史認識」の問題であるが、これは「村山談話の継承の再確認」で全て済む話だ。歴代の首相は(第一次内閣当時の安倍首相も含め)、一様にこの認識を踏襲することを明言してきたのに、今回は、安倍首相が就任早々に何を血迷ってか「見直し」を示唆してしまったので、問題を生じた。最近は「そんな事は言っていない(考えていない)」とも発言しているようなので、何れかの機会にこれを本人の口から公式に明言すべきだ。

「村山談話」の内容は、当時の自民・社会連立政権の幹部が鳩首して協議し、50回目の終戦記念日にあたる1995年8月15日に閣議決定したものであり、私は大変よく書けていると当時から評価していた。どこにも問題は見当たらない。「植民地支配と侵略によって、アジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」と公式に植民地支配を認め、「痛切な反省の意」と「心からのおわびの気持ち」を表明しているので、中国も韓国もこの内容には一切ケチはつけていない。

次は「靖国問題」だ。安倍首相による先の靖国参拝は外交的観点からは大きな失点だったが、アーミテージ氏が言うように「済んでしまった事」だ。安倍首相は潔く、「あの戦争は間違った戦争であったが、靖国神社に祀られる事を心の支えとして死地に赴いた兵士たちに罪はない。従って、私個人としては、この兵士たちの魂を安んじる為に靖国神社で祈りたいという強い気持があった。しかし、この行為が、あの戦争で大きな被害を受けた諸外国の人たちの心を深く傷つけ、不信感を生み出すものなのだとしたら、日本の首相としては行ってはいけない事だったのだと反省している。従って、自分が日本の首相の座にある限りは、今後は再び参拝する事はない」と、どこかの時点で公式に発言すべきだ。

このように言うと、保守系(右翼系)の人たちや、過去に遡って「失われた日本の誇り」を取り戻したいと念願する人たちからは、きっと大きな反発があるだろう。しかし、この人たちの考えは、実は、あの「村山談話」を全面的に否定する考えなのだ。「村山談話の内容には全く異存はないが、靖国神社の参拝に問題があるとは全く思わない」という日本人が一人でもいるとは、私にはとても思えない。

日本は思想と言論の自由が保証されている国なので、こういう考えの人たちがいる事自体は一向に差し支えない。しかし、首相がこの人たちと同じ考えを表明する事は、「日本が長年の公式な政府見解を翻し、急速に昔の右翼的な日本に回帰しようとしている」事を意味しているとしか、諸外国には受け取られないだろう。それは中・韓のみならず、欧米諸国全般に言える事だ。日本と中・韓が色々な事で論争する中で、中・韓側は必ずこの事に欧米諸国の目を向けさすように試みるだろうから、そうなると、日本側が幅広く国際世論の同情を得るのは難しくなるだろう。

さて、最後に、難題の「従軍慰安婦」の問題だ。この事については、もう二年以上も前の記事で恐縮だが、2011年12月26日付の私のアゴラの記事を先ずは今一度お読み頂けると有難い。

「売春」は世界最古のビジネスと言われており、今なお世界の至る所で、半ば公然と行われている。当然の事ながら、それは女性の尊厳を著しく傷つけるものであり、それが本人の意志に反する形で行われる場合は、如何なる場合であっても、決して容認されてよいものではない。貧困がその原因なら、先ずはその貧困こそを憎まなければならない。しかし、現実には、もしこういう事が行われなければ、異なった形での社会不安が引き起こされるだろうという懸念から、平時であれ戦時であれ、各国ともその徹底的な根絶を試みてはいないのもまた事実である。

かつての日本軍も、世界の多くの軍隊と同じように、現地での乱暴狼藉を厳しく禁ずる一方で、兵士の精神状態を安定させなければならないという方針から、これを公然と認め、その運営を業者に委託した(現実には、民間に委せっぱなしというわけにはいかないから、衛生管理等を中心に一定の関与をしたのも当然だ)。しかし、韓国政府や一部の団体が喧伝しているように、軍隊がこの目的の為に「銃剣で脅して一般の婦女子を誘拐した」等という事実は、ある筈もない(民間業者に委託すれば全て済む事を、わざわざ自分の手を汚して行う必要がない事ぐらいは、誰にでも分かる事だ)。

この嘘は、元はと言えば済州島に住んでいた一人の日本人が売名の為にでっち上げたものなのだが、日本の一部の不思議な(まさに自虐的な)人たちや、これで自国の保守政権に揺さぶりをかけたい韓国の一部の人たちが、これを奇禍として大いに拡散してきた。本来なら日本との友好関係の構築に腐心しなければならない筈の韓国政府が、嘘と知りながら何故こんな話に乗って、執念深く日本に喧嘩を売っているのかは理解に苦しむが、彼等は現実に、憑かれたように世界中でこの事を喧伝し、かつての日本軍をナチス並みの「悪鬼の集団」に仕立て上げようと腐心しているのだ。

その結果として、多くの韓国人や欧米人が「本当にそういう事があったのだ」と信じ込んでしまっているわけだから、これは大問題であり、もはや放置しておくわけにはいかない。日本政府と日本国民は、第一に、如何なる場合でも「事実でない事」を認めるわけにはいかないし、ましやそれについて謝罪するわけにはいかない。第二に、「戦場における兵士の性処理」という「人類共通の原罪」とも言える深刻な問題を「日本民族の異様な残忍性」というでっち上げられたイメージにすり替えるような「韓国政府や韓国の一部の団体の卑劣で不公正な行為」は、これ以上見過ごすわけにはいかない。

従って、日本政府は、あらゆるルートを使って、世界中の少なくとも数千人規模の有識者たちに直接、間接にアプローチし、「事実関係」と「この問題の本質(なぜ日本人が怒っているか)」を丁寧に説明して、この問題に関する韓国政府の非を訴えるべきだ。また、これと並行して、欧米に居住する日本人は、「韓国政府と一部の団体による『事実と異なる誹謗中傷』によって毀損された名誉の回復」を求めて、適切な法的措置を取るべきだ。

これまでの日本政府は、このような「理解を超える程に執拗な誹謗中傷」に対する対抗策を、全く準備していなかったかのように思える。そして、このような状況に危機意識を持って、何等かの行動を起こそうとする「有志」は、残念ながら概ね「国際感覚」に欠ける「国家主義的な考えの人たち」であり、かつてのニューヨークタイムズの意見広告のように、却って反発を買う結果をもたらす事のほうが多かった。これからはこの轍を踏まず、国ぐるみで衆知を集め、組織的且つ戦略的に事を運ばなければならない。

「国際感覚」とは何か? それは日本の常識が全く通用しない、日本特有の「空気を読む」能力が全く何の意味も持たない場で、相手方の常識や立場を慎重に推し量りながら、種々の工夫を凝らして、こちらの考えを理解させていく能力を意味する。これはとてつもなく複雑な事のように聞こえるかもしれないが、実は「若くして異国に飛び込み、その中で何とか実績と信用を積み重ねてきた人たち」なら、誰でもが持っている能力だ。それを持たない「口先だけの内弁慶の人たち」は、自分勝手な思い込みだけで迂闊な行動に出るべきではない。

幸いにして、最近は米国もさすがに「日韓の問題は放置出来ない」と考え始めたようで、仲介の労をとろうという機運が盛り上がっているようだ。これは日本に取っては好機だ。直接韓国人と話しても、相手方の警戒心や感情的な先入観が障碍になってうまくいかないケースが多いと思うが、中立的な米国人が相手なら、丁寧に事実関係を説明出来るだろう。

それから、このような事には、相当に念入りな根回しが必要な事を、日本政府と日本人は理解しなければならない。「根回し」などと言うと、何か姑息な事のように思い、「ずばりトップ同士で話すほうがよい」と考える人たちも多いだろうが、それは事によりけりであり、「日韓関係の修復」といったような「入り組んだ問題」の解決には適さない。このような問題に関しては、トップ同士が理解し合って手を握るまでには、様々なルートでの様々な下工作がなければならない事は、Conflict Solutionのプロなら誰でもよく知っている筈だ。