ロビーイング2.0のすすめ(その3)

城所 岩生

米国で著作権強化法案を廃案に追いやったネット市民の声は(その2)参照)、ヨーロッパにも飛び火した。EUは日米が主導した模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)への加盟を決定し、22カ国が署名まですませていたが、米国の動きを受けて、条約に対する反対運動が勃発し、ヨーロッパ各地でのデモに発展。当初賛成していた欧州議会議員が反対に回ったため、12年7月に欧州議会で採決が行われ、反対多数で批准が見送られた。


反対運動が一気に盛り上がった背景には欧州諸国で議席を伸ばしつつある海賊党の存在が大きい。海賊党の運動手法は、今回の都知事選でも採用する候補者が現われたように、ネット選挙時代を迎え、日本でも広まることが予想される。その海賊党について紹介する前にACTA反対運動を概観する。

「アノニマス」のハッカー攻撃がきっかけ
ACTAは著作権や商標権を侵害する模倣品・海賊版の輸入・販売に対して、差し止めや損害賠償請求をしやすくする立法を加盟国に求める条約。05年のG8グレンイーグルズ・サミットで、小泉首相(当時)が提唱。米国も中国を意識して積極的に取り組み、11年10月に8ヶ国が署名した。欧州連合も11年12月に全会一致で加盟を決議、12年1月には27ヶ国中、22ヶ国が東京で署名した。

反対運動のきっかけを作ったのは国際的なハッカー集団「アノニマス」。日本でも著作権法改正案が成立した12年6月、違法ダウンロードの刑罰化に抗議して、まず財務省や最高裁のサイト、続いて自民党、民主党サイトにサイバー攻撃を仕掛け、一時的に閲覧できないようにした集団である。霞ヶ関と間違えて霞ヶ浦河川事務所を攻撃したことでも話題に上った。

インターネットの自由を主張するアノニマスは12年1月、ポーランド政府のウェブサイトをハッカー攻撃した。(その2)で画像も紹介したウィキペディアの英語版サイトがブラックアウトした(黒塗りになった)日の4日後であった。アノニマスのハッカー攻撃はポーランドの20以上の都市での若者を中心にしたデモに発展。これを受けてポーランドのドナルド・タスク首相は批准をとりやめると発表。ついでスロベニアとブルガリアも批准見送りを表明した。

反対の動きは東欧諸国から欧州各地に広がった。ロビーイング2.0の特徴であるソーシャルメディアによる抗議は、ヨーロッパ各地でのデモに発展した。このため当初賛成していた議員が反対に回り、欧州議会も12年7月、批准についての裁決を行った。結果は反対が478票と賛成39票を大幅に上回った。

欧州議会のリベラル派の代表 ガイ・ベルホッフスタット氏は、ACTAが正しいバランスを図っていないことに重大な懸念を表明した。ACTAが欧州で頓挫した理由はこの懸念に集約されている。海賊版対策とはいえ、本来、保護と利用のバランスを図るべき著作権関係の条約であるにもかかわらず、保護強化一辺倒の動きに対する反発である。

対照的な日本の対応
EUが批准を見送った直後、日本の国会は批准を承認した。8月の参議院本会議では賛成217票、反対9票の圧倒的多数で、9月の衆議院本会議では野党が審議を拒否したが、賛成多数で可決された。

ACTA批准については提唱国としてのメンツもあったかもしれない。しかし、そうした事情がなくても、基本的人権を侵害するおそれのある著作権法改正を議論も尽くさずに承認した前例もある。ACTA批准の少し前に国会が承認した違法ダウンロードを刑罰化する著作権法改正である。上述のとおり、アノニマスが官公庁や政党のサイトにサイバー攻撃を仕掛けて抗議した改正である。

改正内容は海賊版と知りながら音楽や映像のファイルをダウンロードした場合、2年以下の懲役か200万円以下の罰金に科すもの。海賊版のアップロードについては、97年の法改正で違法化されると同時に刑事罰も科された。個人が対象となるダウンロードについては、10年の改正で違法化はされたが、損害賠償などの民事責任が問われるだけで、刑事罰は問題が多いとして見送られた。

違法化だけでは海賊版が減らないことに焦りを感じた音楽業界は国会議員に働きかけた。これを受けた自民、公明の両党の議員が政府提案の著作権法改正案に対する修正案の形で提案した。最高100万円の飲酒運転の罰則など、他の刑事罰と比較しても、重すぎる観は否めないが、提案どおり承認された。まさに満額回答である。

この改正に対しては、ネットユーザの間で「ネットの自由を阻害する」としてかなり反対の声が上がったが、所詮ユーザは外野席。政治家にとってはロビー力もある音楽業界の声をきくことの方が大事である。上記のとおり当初、著作権を強化する法案や条約に賛成していたが、ネットユーザの抗議を受けて、反対に回った欧米の議員とは対照的だった。

ACTAは実効性を担保するため刑事罰も設けているが、「商業的規模」の権利侵害に限定している。日本の今回改正のように個人が家庭内で行う権利侵害行為まで対象にしているわけではない。それでもヨーロッパのネット市民は、基本的人権を侵害するおそれがあるとして猛反対した。

米国にも著作権侵害に対して刑事罰はある。しかし、実際の適用は組織犯罪的なものにかぎられている。また、米国にはフェアユース規定があるので、当局もフェアユースが成立しそうな案件で摘発することはしない。そうした歯止めがない日本では、現在でも別件逮捕の材料に使われる傾向がある著作権法が、刑罰化によって脅威となるおそれさえ出てくる。  

個人の私的領域である家庭内まで入り込むという点で、ACTA以上に基本的人権を侵害するおそれのある違法ダウンロード刑罰化に対して、しかし、改正案は衆議院ではほとんど審議なし、参議院では1日だけの審議で成立した。欧州議会で圧倒的多数の反対でACTAの批准された時に反対の音頭をとった議員達は下記写真のとおり、「こんにちは民主主義、さようならACTA」というプラカードを掲げた。日本の国会が基本的人権侵害のおそれのある改正を、議論もつくさずに成立させた12年6月20日は、「こんにちは違法ダウンロード刑罰化、さようなら民主主義」の日であった。

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出所:ガーディアン紙 2012.7.4

ACTA批准国はいまだに日本だけ。6カ国の批准で成立するとはいえ、ヨーロッパ以外で署名した8カ国中、日本を除く7カ国は、主導した米国も含め、いまだに批准していない。31カ国が署名したにもかかわらず、成立すら風前の灯火。ヨーロッパの反対が流れを変えたわけだが、加盟反対運動がヨーロッパで一気に盛り上がった背景には海賊党の存在がある。海賊党については(その4)で紹介する。

城所岩生