日本の研究者が持つ軍事転用へのアレルギー

アゴラ編集部

数年前、ある国立大学の工学系研究室を取材した際、そこの研究技術に対して米国の国防総省(ペンタゴン)から共同研究ないし技術移転のオファーがきている、と聴いたことがあります。高度動体視覚と高速動体への即応性が特徴の技術だったんだが、研究室の指導教官は「さすがに断っている」と言っていました。ただ、かなり高額の研究費を提示されたようです。


また、米国の大学で半導体研究をしている知人の日本人研究者は同じ頃、米国陸軍のコンペを勝ち抜き、億単位の研究開発費を獲得した、と胸を張っていました。かなり自由に使える科研費のようで、その代わりライバルの研究機関、研究者はツワモノ揃い。軍の担当者も米国でグレードの高い理系大学院を出た「目利きのできる」人間で手強かった、と言っていました。

2012年に九州大学知的財産本部から出された「外国企業等との共同研究等におけるリスクマネジメント」という文科省の報告書によれば、国内11大学8研究機関と米国4大学、中国1法律関係の機関を調査した結果、「インタビューを実施した大学等全てが『研究成果は平和利用されるべきであり、軍事目的で使用されるべきではない』と回答している。日本政府の防衛関連機関を含め、軍事的な活動を主軸とする機関との連携研究は行わないことを明確にしている大学もある」としています。一方、3月8日の読売新聞では、防衛省が国内の大学と「防衛装備品」の共同研究を本格化させる、と書いている。この4月には、防衛省内に「技術管理班(仮)」という共同研究や技術連携などの専門部署を設置するようです。

多くの日本の研究者は、特に軍事技術に関与することに対してアレルギーがあるようです。手塚治虫のマンガなどフィクションに登場する「善意の研究者」は常に軍事目的の技術転用に煩悶し、ジレンマに悩み苦しんでいる。しかし、前述した米国で研究している日本人研究者は、自分の技術が戦闘機の電子機器に使われることにまったく抵抗はありませんでした。もちろん一概には言えないんだが、日本国内で研究していると何かバイアスがかかるんでしょうか。米国に出ると「ホンネ」が言えるようになるのかもしれません。

技術というのは、明確にここから「軍事」ここから「民生」と分けられるものではありません。相互に密接に絡み合いながら進化発展してきたのが、我々が現在、享受している多種多様な技術です。もちろん、研究者の意図に反して技術が軍事転用される事例は枚挙にいとまがない。逆に、軍事技術が我々の日常生活で活用されている事例も同じく数え上げたら切りがないでしょう。簡単に、科学技術は平和利用のためだけに使う、と言うことはできません。

一方、研究開発には資金が必要です。日本の防衛関連の研究開発予算は、約700億円だそうです。6兆円をはるかに超えると言われる米国には比べようもありませんが、その1/100というのはあまりにもお粗末でしょう。さらに、ようやく4月から共同研究の専門部署を作る、という始末で、米国のような「目利き」のできる担当官がすぐに目配りできるとも思えない。ちなみに、防衛費が日本のほぼ半分の韓国は、研究開発費が日本の2倍以上です。

日本の研究者の持つ軍事転用へのアレルギーは、ある意味で日本の科学技術の海外流出を防いでいたとも考えられます。逆に、民生にばかりこだわるあまり、研究開発がいびつに進化発展してきたきらいもある。防衛省は、共同研究という利益駅誘導で、そうした心理的バリアを取り払ってしまうんでしょうか。

防衛省の科研費への依存体質ができることで、大学の研究開発がどう変化するか、そのあたりにも危惧があります。その一方、依存できるほど潤沢ならいいんだが、科研費の額で遜色があり、公平公正な基準で対象を選べず、不平不満が醸成される可能性もある。そうなれば、日本の大学の知財が敵国の軍事技術に悪用されることにつながりかねません。「防衛装備品」という名の「武器」の研究開発を大学と連携してやるのなら、軍事機密の扱いの厳格化や論文発表のルール作りはもちろん、防衛費における研究開発予算の割合と人員を増やし、研究者らから不満が出ないようにすべきです。

日本軍事情報センター
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