年金財政検証:実質運用利回り1.7%のカラクリ --- 鈴木 亘

アゴラ

公的年金財政の5年に1度の健康診断である「財政検証」(将来にわたる年金財政の維持可能性のチェック)の作業が、現在、厚労省によって行われている。

前回の2009年1月の財政検証で、厚労省は、リーマンショックの最中にもかかわらず、リーマンショック前の景気好調時の統計のみを使って、バラ色の経済前提シナリオを描き、年金財政の「100年安心」が確保されていると宣言した。しかし、特に今後100年近い期間における積立金の運用利回りを、4.1%もの高率に想定したことに関しては、「粉飾決算」との激しい批判が行われたことは記憶に新しい。


今回の財政検証は今年6月に行われるということであるが、既にその前哨戦は始まっている。前回批判を浴びた運用利回りを含め、将来の経済状況(経済前提値)をどう想定するかについて、厚労省・社会保障審議会の専門委員会で話し合われてきたが、先日(3月6日)の委員会で、厚労省からその原案が示された。

もっとも注目される積立金の運用利回りであるが、結論は、実質利回りは「1.7%」ということである。

なるほど! 実質1.7%であれば、物価上昇率1.0%とすれば名目2.7%である(1.7+1.0)。日銀のインフレーションターゲットがうまくいって物価上昇率が2.0%になっても、名目で3.7%(1.7+1.0)なのか。

いくらアベノミクスがうまくいっているとは言っても、現在の株高は一時限りだし、100年近い将来の利回りとしてはちょっと高いけれど、まぁまぁ前回の4.1%に比べればだいぶマシになったなぁ・・・などと思ったら、大間違いなのである。

驚くべきことに、今度は、「実質」という言葉が「粉飾決算」になっている。実質と聞くと、普通は誰もが「名目利回り─物価上昇率」と思うだろうが、今回、厚生労働省が考えた定義は「名目利回り─名目賃金上昇率」だそうである。具体的に、厚生労働省が示した資料には、下記のように、あからさまな記述がある。

「○ 名目値による運用利回りがひとり歩きして運用目標に関する議論が混乱したとの意見があり、運用目標としては、名目賃金上昇率を上回る運用利回り(α)のみを数値で設定(名目賃金上昇率は数値を示さない)するよう運用利回りの示し方を変更する。」

*下記の資料の16ページ。
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000040148.pdf

うーむ。ますます、粉飾ぶりが巧妙になっている。しかも、「批判されないために、簡単に計算できないように数字を示して誤魔化す」との意図が露骨に表現されており、「大丈夫、厚労省?」と、その唯我独尊ぶりに、私でさえ思わず心配してしまうほどである。

いずれにせよ、我々は実質利回り1.7%という数字と、別の資料の中からこの記述を見つけて、さらに別の資料にある実質賃金利回りと物価上昇率の数字を足し合わせなければ、本当に知りたい名目運用利回りを計算できないわけである。まるで、パズルである。

では、その名目運用利回りの数字はいくらになるのかと言えば、いくつかのケースがあるが、その範囲は「3.0%~6.0%」という数字である。そして、恐らく厚労省が標準シナリオにしたい中間ケースの利回りは、4.2%である。

「いくらなんでも6.0%は酷かろう」と、専門委員会の委員たちからも批判が上がっているということなので、これは「のり代」として叩かれるための数字であり、厚労省は4.2%を採用させる目論見だと思われる。6.0%という数字があれば、4.2%ももっともらしく見えるという算段だろうが、これは前回、批判された4.1%よりもさらに高い数字である。

4.2%という数字だと、100年安心が今回も確保されるか、それよりも若干下回る程度の浅い傷で済むだろうから、抜本改革は必要ない(もしくは、基礎年金の65歳までの保険料徴収など、ほんの少しだけ手直し必要)という結論になりそうである。抜本改革はまた先送りされ、年金財政の立て直しも、世代間不公平の改善も遠のくばかりである。

実質1.7%のカラクリも含め、日経ビジネスオンラインのインタビューで詳しく説明しておいた。しばらくは無料で読めるようなので、ご参考まで。

○公的年金の運用前提、これでは“サギ”だ
鈴木亘・学習院大学教授に聞く

公的年金の運用前提、これでは“サギ”だ
あなたの年金の将来は本当に大丈夫なのか。それを判断する公的年金の財政検証が始まった。鈴木亘・学習院大教授は、これを「前提に無理が多く、これでは“サギ”のようなもの」とさえ言い切る。鈴木教授に、財政検証の不合理を聞いた。

明日から書店にならぶ拙著「社会保障亡国論」(講談社現代新書)にも、年金改革について詳しく書いているが、こんな数字をスルーしてしまうような専門委員会では、もう駄目だ。年金は、最悪の状態になるまでは、抜本改革されないだろう。


編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2014年03月18日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。