ロシアのプーチン大統領は、ソ連が解体された後、失った国家民族の威信を回復するために腐心してきた。ユーラシア連邦を夢み、その熱意は巨額の経費を投入してソチ冬季五輪大会を開催させ、ここにきてウクライナ東部のクリミア自治共和国のロシア編入を企てている。
ソチ冬季五輪大会では、主要な欧米諸国首脳は、ロシア国内の人権蹂躙などを理由に開会式参加をボイコットし、ウクライナ情勢では、欧州連合(EU)と米国らは、ロシアによる主権蹂躙として制裁を決定したばかりだ。出る杭は打たれるではないが、プーチン氏の野望は行く先々で欧米側のバッシングを受けている。
一方、モスクワと経済関係が深いEU側は対ロシア制裁では少々腰が引けている。EUは3月17日、クリミア自治共和国とロシアの21人の政治家、軍人指導者の資産凍結、渡航禁止などの制裁を決定したが、口の悪いメディアからは「子供の風呂桶に浮かぶプラスチック製のワニに過ぎない」とか「海外に口座など保有しない2等級政治家の資産をどのようにして凍結できるのか」といった冷笑を受けている有様だ。
興味深い点は、冷戦時代、ソ連の支配下にあったポーランド、チェコなど旧東欧諸国、バルト3国、それにロシアと国境を接する北欧諸国では「もっと強い制裁を課すべきだ」といった対ロシア強硬論が出ていることだ。東欧エキスパートの間では「ロシアは1991年の逆襲に乗り出した」といった冷戦の再現を懸念する声も聞かれるほどだ。
明確にしなければならない点は、ロシアが他国の主権を蹂躙した最初の国ではないということだ。欧米諸国も過去、何度か主権蹂躙を犯してきた。例えば、米国は過去、大量破壊兵器保有容疑でイラクに軍事攻撃をかけ、政権を崩壊させた。ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争ではセルビアの首都ベオグラードを空爆した、もちろん、米国や北大西洋条約機構(NATO)は当時、それなりの理由はあったが、主権蹂躙という視点から言えば、決して褒められた行為ではなかった。
プーチン氏はウクライナのクリミア自治共和国のロシア系住民の安全を守る、という理由を掲げて偽装部隊を派遣し、ウクライナの主権を蹂躙したが、モスクワから「お前たちはどうなのか」と言われれば、欧米側も少々、弁明に苦しくなる。ワシントンは「ロシアの10の嘘」と指摘し、プーチン氏を嘘つき呼ばわりしたが、米国もいつも正しかったわけではないはずだ。
参考までに指摘すれば、プーチン氏がウクライナの主権を蹂躙する際に発した言葉だ。「欧米の“ファシスト”たちがウクライナの主権を非合法的に奪っていった」という文句だ。ソ連・ロシアの歴史の中で、モスクワが胸を張って誇れる世界史的出来事は反ファシズム戦争だった。それ以外は、他国を侵入するなど様々な蛮行を繰り返してきた共産党独裁政権の歴史だった。プーチン氏がウクライナの主権蹂躙の理由として「反ファシズム」という言葉を持ち出したのは、同氏の戦略家としての能力を示すものだろう。
ウクライナ情勢が今後どのように展開するか不明だが、世界の紛争解決と平和実現を標榜してきた国連がいかに無能力であるかが改めて明らかになった。ロシアと中国両国が紛争当事国の場合、国連安保理事会は現在、そして将来もいかなる決議案も採択できないのだ。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年3月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。