特許訴訟で衆知を集める知財高裁(その2完)

城所 岩生

(その1)で知財高裁が特許訴訟の争点に関しての意見を公募していると紹介した。米国の法廷助言制度にならった知財高裁独自の試みだが、日本でも本格的に採り入れられることを願ってやまない。「最高裁 石のお城に石あたま」という句があるように、最高裁が石あたま判決を出すからである。「石あたま判決」の代表例が、「石あたま判決」を下した国民審査対象の裁判官(その1)(以下、「石あたま判決」)で紹介した、「まねきTV事件」とロクラクII事件の判決で、いずれも知財高裁の合法判決を覆した。


石あたま判決
2つとも3年前の判決なので、おさらいをすると、いずれも海外に住む日本人が日本のテレビ番組を視聴できるようにするサービス。事業者側に置く親機で番組を受信・録画し(まねきTVは受信のみ)、海外のユーザーが指定した番組を子機で視聴できる。NHKと民放が許諾を得ずに番組を複製・公衆送信したとして、複製権侵害(ロクラクII)や公衆送信権侵害(まねきTV)でサービスを開発したベンチャー事業者を訴えた。

複製権はコピーを作成する権利、公衆送信権はネットにアップする権利で、いずれも著作権者が専有しているため、第三者は著作権者の許可を得ないと、こうした行為ができない。そこで、事業者は複製するのは録画を指示するユーザーなので、許諾を得る必要がない私的複製にあたる(ロクラクII)、ネットを通じて番組を転送するが、事業者側に置く親機は1対1の送信を行う機能しか有しないので、公衆送信権は侵害しない(まねきTV)などと主張した。

知財高裁はこの主張を認めたが、最高裁がそれを覆した。ユーザーではなく事業者が複製の主体である(ロクラクII)、1対1の送信機能しかなくても誰でもユーザーになれるため公衆送信にあたる(まねきTV)としたもの。

石あたま判決とする理由については、石あたま判決に譲り、ここでは判決直後に投稿した「まねきTV事件」最高裁判決でクラウドも国内勢全滅の検索エンジンの二の舞か?(以下、「まねきTV判決」)で指摘した状況が顕在化しつつある点を紹介する。

全滅した国産検索エンジン
まず、国産検索エンジンが全滅した状況をその原因ともなった法制度や技術的対応とともに韓国や米国と対比してみた。
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注の追加:
検索サービスをめぐる米国の3件のフェアユース判決については、「著作権法がソーシャルメディアを殺す」(以下、「小書」)第2章参照。
*の引用の解釈をめぐる日韓の最高裁の相違については、小書 第3章参照。

解説:
フェアユースはたとえば、原作品の市場を奪わないような使い方については、フェア(公正)な使用であるとみなして、許諾なしの使用を認める考え方。まねきTV 事件、ロクラクII事件のように原作品の市場を奪うことなく、新たな市場を開拓するサービスは、米国ではフェアユースが成立する。

検索エンジンについてもフェアユースのある米国は、自分のウェブサイトを検索されたくない場合には、その旨を意思表示すれば、検索を回避する手段を用意するオプトアウト(原則自由)方式を採用した。これに対して、フェアユースのない日本は検索対象にするウェブサイトの了解を事前にとる「オプトイン(原則禁止)方式」を採用した。

検索エンジンの技術自体は日米同時期に生まれたが、オプトインで対応した日本は、Not Found の検索結果が跳ね返ってくることが多く、ユーザーにそっぽを向かれてしまった。日本の著作権法の適用を逃れるため、サーバーを日本国外に置いてサービスを提供した米国勢に日本市場まで制覇されてしまった。

オプトイン対応で訴訟こそ提起されなかったが、ビジネスチャンスを失った日本に対して、オプトアウトで対応したのが、韓国である。当時はフェアユースもなかったため(その後の改正で導入した)、訴訟となり、最高裁まで争われたが、許諾なしに利用できる「引用」であるとする主張が認められて、非侵害(合法)判決が下された。この結果、韓国の検索エンジンは韓国市場でも米国勢より後発だったが、米国勢を追い越して、90%のシェアを誇っている。

クラウドサービスも二の舞のおそれ
石あたま判決によって、クラウドサービスが検索エンジンの二の舞になるおそれについて、昨年4月の産業競争力会議(議長 安倍総理)で、新浪 剛史議員(株式会社ローソン代表取締役社長CEO)は次のように指摘した。

クラウドコンピューティングについて、著作権の問題が多い。自分で同じものを買っていながら、他のスクリーンでは使えないなどの状況が生じている。アメリカでは十分できるようになっており、クラウドを発展させるために著作権が非常にあいまいでかつ問題になっている。是非ともクラウドコンピューティングをより進めるために著作権の問題を検討すべき。  

三木谷浩史議員(楽天代表取締役会長兼社長)も同様の指摘をした。

こうした指摘を受けて文化庁は、2013年11月、文化審議会 著作権分科会 法制・基本問題小委員会に「著作物等の適切な保護と利用・流通に関するワーキングチーム」を設置し、検討を開始した。ワーキングチームなのに委員会なみの19名の委員が名を連ね、権利者団体代表が6名と最大勢力を占めている。彼らのコンセンサスも得て、法改正が実現するかは予断を許さない。すでに2回開催された会合でもその懸念が垣間見られる。小書 第2章で紹介した審議会行政の限界である。

このように立法による著作権法改革は限界があることから、小書第7章では司法による著作権法改革を提案し、その具体策として法廷助言制度を紹介した。

02年から10年まで最高裁判事を務めた藤田宙靖判事は、「最高裁というのは実に閉ざされた世界だというのが、就任当初痛感したことであって、例えば年に一度の高校のクラス会に出席する時など、まさに、『娑婆の空気を吸いに来た』という感じであった」と述懐している(最高裁回想録―学者判事の7年半― 有斐閣)。

合衆国最高裁の会期は毎年10月から翌年の6月までで、7月から9月までの3ヶ月間は夏休みに入る。2009年まで約20年間、最高裁判事をつとめたデービッド・スーター判事は、故郷のニューハンプシャー州に農場を持ち、最高裁判事時代も夏の間、農作業に精を出すのを楽しみにしていた。

年に3ヶ月間、娑婆の空気が吸える米国の最高裁判事と異なり、藤田判事によれば年に1日しか娑婆の空気が吸えない日本の最高裁判事こそ、法廷助言制度によって(その1)で紹介したオコーナー判事の「理論ではなく現実を知る」を必要があるのではないか。

石あたま判決をくり返さないためにも、今回、知財高裁が試行募集している法廷助言制度の本格的な導入を期待してやまない。

城所岩生