この記事は2014年3月29日の再掲です。
「原発の新規建設をやめて徐々に減らす」という意味の「脱原発」は政策としてはありうるが、事故を起こしてもいない原発を政府が行政指導で止めたまま放置するのは違法行為であり、経済的にも莫大な損害が出ている。ところが八田達夫氏は再稼動に反対し、次のような議論のうち最初の3つは「神話」だという。
- 夏の電力不足を招く
- 温暖化対策に十分に貢献が出来ない
- 電力料金が法外にあがり、日本の産業がつぶれる
- ホルムズ海峡封鎖のようなエネルギー安全保障の危機に対応ができない
1について八田氏は「夏のピークに需要が供給を超過するのは料金が安すぎるためだから、ピークロード料金で需要を抑えればいい」という。これは私も原則としては賛成だが、原発を止める理由にはならない。ピークロード料金を実現するには制度的・技術的な問題が多く、すぐできるわけではないが、原発の運転は閣議決定さえなしにすぐできる。
2については「原発より炭素税で」というが、これは問題のすり替えである。たとえば炭素税を5000円/tぐらいかけると、LNGには2.5円/kWh、石炭には5円/kWhの税金がかかるが、原子力の炭素税はほぼゼロだから圧倒的に有利になる。「原発か炭素税か」という排他的な選択ではないのだ。
3については、八田氏がみずから認めるように「すでに設備投資が終わっており、かつ安全性のための投資が少なくて済む比較的最近の原発については、再稼働が採算に乗る」。新設が採算に乗らないのは今度の事故で安全対策のコストが莫大になったためで、再稼動とは無関係だ。
原発の停止が日本経済に莫大な損害を与えていることは、日本を代表する経済学者である八田氏に今さら説明する必要もないだろう。安念潤司氏がまとめた電力各社の経営状況を示しておこう。2013年3月期には9電力合計で1兆3420億円もの赤字が出ており、これだけでGDPを0.3%近く下げ、経常収支の赤字の原因になっている。
問題は費用/便益である。このような莫大なコストを払って、国民は何を得ているのだろうか。その便益は費用より大きいのだろうか。それについて八田氏は「安全性」だというが、発電量あたりの死亡率でみると原発のリスクが最小であることは、OECDやWHOなど、多くの国際機関の一致して示すところだ。
最後は「原発はなんとなく恐い」という気分の問題だろう。国民が原子力のリスクを火力よりはるかに大きく評価するなら、このまま原発をすべて廃炉にして石炭火力に替える選択もありうるが、石炭火力のリスクは原子力よりはるかに大きい。
4については、八田氏も神話ではなく事実だと認めている。ウクライナの問題などで地政学的リスクは高まっており、原油価格は高止まりしている。中東で紛争が起こってLNGの供給が止まると、大停電は避けられない。
要するに、原発を止めたままにしているコストは年間2兆円を超え、電力会社は経営破綻に瀕し、そのコストは電力利用者に回って10%以上も電気代が上がったが、そのメリットは漠然とした「安心」しかないのだ。「脱原発」は検討に値するが、すべての原発をこのまま止めて廃炉にしろという議論には合理的な根拠がない。