4月1日の理研調査委員会が公表した最終報告書に対する小保方氏のコメントを読んで、アレ? と思った文章がある。「論文中の不適切な記載と画像については、すでにすべて訂正を行い、平成26年3月9日、執筆者全員から、ネイチャーに対して訂正論文を提出しています」という最後の一文だ。
3月9日と言えば、若山照彦教授(山梨大学)が、他の共同著者らに論文撤回を呼びかけたと記者会見で公表する前日である。筆頭著者による訂正論文の提出と、共同著者の一人による論文撤回の呼びかけが、これだけ接近しているのはなぜだろう。「執筆者全員から、ネイチャーに対して訂正論文を提出しています」とコメントする彼女は、若山教授が論文撤回を呼びかけている事実をあえて無視しているように思えた。
この点、若山教授にメールで問いあわせたところ、次のような回答を得た。
「Natureへ修正依頼を提出したことは、日付はわかりませんが事実です。僕もその数日前にサインをしています。そして10日に僕は博士論文の写真の不正を知り、すぐ撤回を呼びかけました。そのことを知っていたら、サインをしませんでした」
博士論文の写真の不正とは、小保方氏が博士論文で使用した「マウス骨髄の造血系細胞に機械的ストレス(細いピペットを通過させる)を与えて得られた細胞を用いたテラトーマ」の画像を、「マウス脾臓の造血系細胞を酸で処理して得られた細胞(STAP細胞)を用いたテラトーマ」の画像としてネイチャー論文に掲載したことである。STAP細胞の実験の根幹に関わる重要な画像に、条件の異なる、過去の実験で得られたものを使うという行為は単純ミスとは考えにくい。これが若山教授が小保方氏に不信感を抱く決定打になった。
小保方氏がネイチャーに訂正論文を提出するにあたって共著者のサインを求めたのは、博士論文のテラトーマ画像の疑惑が明らかになる数日前なので、若山教授も小保方氏をまだ信用していた。だからこそ若山教授は訂正論文の提出に同意してサインしたわけだが、実はそれよりずっと前に小保方氏は、ネイチャー論文に、テラトーマ画像の使い回しを認識していたことが調査委員会の報告書で明らかにされている。
「2月20日に笹井氏と小保方氏より、修正すべき点についての申し出とこれに関する資料の提出を受けた。
(略)笹井氏は、2月20日の委員会のヒアリングの数日前に小保方氏から画像の取り違え等について知らされ、論文を訂正するための正しいデータを至急取り直すことを小保方氏に指示したと説明した」
要するに、共同研究者の一人で、論文の主要な部分の執筆を担った笹井芳樹氏(理研CDB副センター長)と小保方氏は、博士論文のテラトーマ画像の使い回しも、その画像がネイチャー論文の条件とは異なる実験で得られていたことも知っていたのだ。それにもかかわらず、彼らは共同研究者の若山教授にそれを伝えていなかったことになる。もしこの件を知っていたら、訂正論文の提出に関する同意書にサインしていなかったと若山教授が明言していることを考えれば、彼らの対応は極めて不誠実だったと言わざるを得ない。
4月2日のYomiuri Onlineの記事「小保方研究は『極秘』…勉強会でも発言を辞退」によれば、「小保方リーダーは理研内の勉強会でも発言を辞退するなど、研究内容は『極秘扱い』で、発表前に十分なチェックを受けていなかった。」という。
小保方研究の隠蔽体質を非難する論調の記事だが、研究内容の極秘扱いをダメだと決めつけることはできないだろう。山中伸弥教授(京都大学)も、2006年8月にマウスiPS細胞の開発成功を「Cell」誌で報告するまで、自分の研究室の外にiPS細胞の情報が漏れないように研究員たちに箝口令を敷いていたくらいだ。真似されないように箝口令を敷くのは、スクープ発表前の新聞社だって同じだろう。
問題は、小保方氏と笹井氏によって情報が統制され、他の共同研究者が実験の全体像を十分知らされていなかった点だ。訂正論文を用意するにあたって、小保方氏と笹井氏が若山教授にテラトーマ画像に関する不備を知らせなかったことに、私は二人の隠蔽体質を垣間見た気がした。
緑 慎也
サイエンス・ジャーナリスト