「ハードランディング」はいつ起こるか

池田 信夫


今週の言論アリーナで鈴木亘氏や石川和男氏とも議論したように、日本の社会保障は破綻しているが、厚生労働省も政治家も手をつけない。投票者のメディアンが60歳を超えているので、高齢者の利益に合致する政策を主張することが合理的だからである。この問題は通常の民主的手続きでは解決できないので、国民の目を覚ます「ショック療法」が必要だ。


高齢者は、本当に逃げ切れるのだろうか。「双子の赤字」になると、財政のバッファになっていた経常黒字がなくなるので、政府債務が金融資産を超えると外債の募集が必要になる。海外の投資家は今のような超低金利では買ってくれないので、外債の金利は世界の水準に近づく。深尾光洋氏のシミュレーションによれば、

日銀は2014年末までに長期国債保有額を190兆円にまで引き上げ、平均残存期間も今回の緩和開始時の3年弱から7年程度まで延長すると発表している。仮に長短金利が2%上昇すれば、平均残存期間7年の日銀保有国債の時価は、約14%低下し、日銀の損失は26兆円程度になる。

26兆円の評価損が出ると、日銀の自己資本は6兆円しかないので債務超過になるが、日銀は86兆円の新札を金庫にもっているので、「輪転機をぐるぐる」回す必要はなく、それを発行すればいくらでも債務を埋めることができる。もちろんこの場合には、高率のインフレは避けられない。これによって政府の実質債務は減るが、最大の被害者は定額の年金しか収入のない高齢者である。ハイパーインフレが起こると、彼らの金融資産も大幅に減価する。

ここまで政府債務が大きくなると、なんらかのハードランディングは避けられない。問題はいつ起こるかだ。政府債務はあと2年で個人金融資産を上回る。対外純資産300兆円も、財政赤字の6年分しかない。インフレで1ドル=120円以上になると、外債の円建て金利は急上昇し、既発債が暴落して円はさらに急落する…というインフレスパイラルが10年以内に起こってもおかしくない。

年率数十%のインフレは世界では毎年起こっており、ハルマゲドンでもない。90年代の不良債権問題もハードランディングするまで解決しなかったが、やってみると意外に大したことなかった。財政破綻はそれより一桁大きいが、深尾氏や東京財団もシミュレーションしているように、政府が管理すれば被害は抑えることができる。それがショック療法になるなら、ハイパーインフレのリスクを高める「異次元緩和」は、後世から高く評価されるかもしれない。