北村 俊郎
元日本原子力発電理事 元原子力産業協会参事
(全3回、「その1・作業の下請け問題」「その2・下請け構造の光と影」)
1・廃炉の現場の人手不足
福島第一原発の事故収束、続く廃炉工事での雇用や被ばくに掛かるトラブル、現場作業のミスなど問題が続いている。その原因の多くは、事故以降も一部を除き引き続き多層構造の請負体制が採用されていることによるものだ。
さらに大きな問題として現在1日4000人という大きな人数を要しており、被ばく限度が来た人から次々と新たな人に交代しなければならない。東京電力は当面は可能としながらも、将来も十分な人数を確保していけるのか外部から疑問が投げかけられている。
現在問題が指摘されている状況は改善出来るのか、将来的にも必要な人数を確保するためには、どのような体制を採るべきなのかについて、原発の運転保守と廃炉工事違いを踏まえながら考えたい。
現在、福島第一原発で指摘されている問題は次のようなものだ。
(1) 指示系統が複雑で、情報の流れが悪く、悪い情報が上がってこず、末端 まで指示が徹底せずミスが多い。東京電力が現場を把握しきれていない。
(2)被ばく限度により短期雇用となり、常に新人が入ってくるため、最初からの教育が必要となる。新人は経験が浅く、能力不足で能率が悪い。本人も不安がある。
(3)一日の被ばくが多い。一日に短時間しか働けない。ベテランが被ばく限度のため現場に行って新人を指導出来ない。技術技能の蓄積が行われない。
(4)賃金水準や手当が低く、除染などに人が流れ、集まりにくい。末端の労 働者において社会保険がない、賃金のトラブル等が発生している。
(5)現場の環境条件がなかなか改善されない。重装備のために身体的負荷が 大きく、意思疎通が難しい。
(6) 辞めたあとの健康不安を感じる者がいる。
(7) 仕事のやりがいが感じられない。
(8) 他の原発にあるような福利厚生施設がない。
これらの問題の原因、背景のほとんどが多層構造の請負体制がゆえの問題であり、一部は事故を起こした原発の廃炉であることによるものである。
2・原発の運転保守と廃炉工事の違い
原発の定期検査工事が二ヶ月程度であるのに対し、廃炉工事は数十年にわたって継続される。建設やメンテナンスでは、工事が終われば運転が始まるが、廃炉は機器や建物を壊し、放射性廃棄物を分別し、処分地に送る作業が中心となる。仕事量はピークがなくは比較的平坦であるが、溶け出した燃料の回収や炉心の取り壊しでは、業務量が増加すると思われる。
福島第一原発の場合、事故炉であることから、線量が高く人が立ち入れない場所もあり、大量の放射性廃棄物が出ることに加え、漏れ出した汚染水を保管処理しなくてはならない。工事遂行のために新たな技術開発、機械器具の制作、現場での試行、機器のメンテナンスも行われる。事前の除染作業や放射線防護対策も必要となる。福島第一原発では、事故を起こした4基の廃炉を同時に進めるほか、2基の普通の廃炉をすることが決まっているため、通常の廃炉より何倍もの仕事量がある。
3・廃炉工事の内容
福島第一原発の廃炉は、大きく分けて使用済燃料燃料の取り出し。汚染水の管理、処理。空中や海水への放射性物質の流出防止。溶けた核燃料の取り出し。原子炉施設の解体撤去などがある。
東京電力の公表した福島第一原子力発電所1~4号機の廃止措置等に向けた中長期ロードマップによれば、原子炉施設解体前までの、さらに具体的な内容を知ることが出来る。
(1)原子炉に注水を続け、炉内温度を低く保つ。
(2)原子炉建屋からの放射性物質の放出を防ぐ。
(3)地下水流入により増え続ける汚染水について、当面タンクで保管を続け、
流入を抑制するための抜本的な対策(地下水バイパス、遮水癖など)を図る
とともに、水処理施設の除染能力の向上をする。
(4)敷地外への放射線影響を可能な限り低くすることや港湾内の水の浄化を する。
(5)使用済燃料プールから使用済燃料を全量取出す。
(6)燃料デブリを原子炉などから取出す。
(7)固体廃棄物の保管管理、処理・処分をする。
これらを見ると、工事といっても建設工事的な要素と、出来上がった設備を維持管理する要素がある。例えば、遮水壁の建設とその機能維持である。
建設工事的な部分は、さらに事前調査、計画の検討、研究開発のための実験や試行、環境整備、準備、建設そのもの、片付け、改修、撤去などがある。機能維持には、運転監視、消耗品交換、小修理、定期点検、廃棄物処理などがある。
4・直営体制を採用した場合の問題
福島第一原発の廃炉工事を進めるための体制は、多層構造の請負体制の他に東京電力の社員のみで行う直営体制がある。さらにこの中間的なものとして、東京電力ではなく、子会社に人を集中して直営とする、あるいは請負体制であっても多層構造とならないように制限をかけることも考えられる。
それを検討する前に、直営体制を採用した場合の課題を把握しておく必要がある。直営体制を採用する場合の課題となることは次のようなことである。
(1)一度に大量の社員を採用するとともに、多くの管理者、指導者が必要となる。
(2)電力会社などに常時雇用するために、福利厚生費も含め人件費が増える。
(3)教育訓練のための施設、体制が必要となる。
(4)職種に応じた新たな賃金、処遇、退職金、資格などの制度が必要となる。
(5)被ばく限度に近づいた場合の対策として、別に放射線量の少ない作業、あるいは現場が必要となる。
(6)ロボットの大幅な導入や除染、遮蔽の徹底などの環境の改善を行い、被ばく低減をすることが必須となる。
(7)直営の人数を増やさないため多能工化する必要がある。
(8)現在、下請となっている中小零細企業、そこで雇用されている人をなんらかの形で救う必要がある。
(9)現在、工事を担当している原子炉メーカーやゼネコンなどに説明し、協力を得る必要がある。
5・福島第一原発の廃炉に採用するべき体制
東日本大震災からの復興による建設業界の人手不足、東京五輪のための大規模な建設工事でさらにこの不足感が強まると予想される。また、長期的には日本の少子化と人口減少は止まらないため、労働人口の不足が懸念されている。
こうした中で、福島第一原発の廃炉に適した体制を考える必要がある。今までの検討から言えることは、多層構造の請負体制、完全なる直営体制にこだわらず、廃炉工事の内容によってそれぞれ適した体制を採用し、その欠点や課題に対して適切な措置を併せて講じて行くことだ。
すなわち、以下のように、内容が定常業務に対しては直営体制を、また建設的な業務に対しては請負体制を採用すべきである。さらに研究開発的な業務に対しては直営体制に一部外部委託をつけた形が望ましい。
(1)定常的な業務については、将来的に長期に安定した人材確保を目指すために直営体制を採用する。
(適用例)完成した凍土方式の遮水壁の運転管理、建屋地下の汚染水汲み出し、汚染水の管理、除染装置の運転保守、自走式ロボットによるサンプリング業務、建屋内部の構造物、機器の分解取り外し、放射性廃棄物の測定業務、建物からの搬出、分別輸送業務、壊れていない使用済燃料のプールからの取り出し運搬業務、建屋内仮設照明維持、定期的な放射線測定、構内除染業務
(2)建設的な業務については、請負体制とする。
(適用例)凍土方式の遮水壁建設や井戸の掘削、建屋カバーの設置や撤去、厚生棟ビルの建設、本格的な冷却水循環設備の建設、新たな汚染水の除染装置の建設、建屋内仮設照明の取付、建屋内外の仮設電源ケーブルの敷設
(3)研究開発的な業務については、事業主体(現在は東京電力)の社員による管理業務のもとに、メーカーや研究機関などへの委託を組み合わせて行う。
(適用例)自走式ロボットの開発、デブリ取り出し装置の開発、自動除染機の開発、自動汚染測定装置の開発、解体手順の検討
(4)直営体制は事業主体(現在は東京電力)社員の直営ではなく、より現場の実務に近い子会社が直接雇用した社員で構成する。これにより賃金水準や雇用条件は、電力会社の子会社並を保証する。子会社が専門技術指導など特別な理由のない限り、子会社が下請企業を使うことは禁止する。
(5)建設的な業務請負、研究開発的な業務における委託は、多層構造の弊害が出ないように、発注条件として三次下請までに制限し、それを超える場合は、特別に審査した後に許可する。
(6)直営体制とするための長期雇用を前提とした採用、労務管理、教育訓練が出来るよう施設や体制の整備を行う。また、手当とリンクした資格制度を設ける。
(7)請負体制については、労働法などについて厳格に適合することを求め、違反した場合は、以降の発注から外すなどの処分をする。
(8)直営、請負ともに被ばく限度対策として、被ばくしない業務、他事業所での業務、あるいは教育訓練を組み合わせる。また、運転の自動化、ロボットの開発と現場への導入など、無人化に最大限の投資を行う。
(9)直営、請負ともに使用出来る構内の厚生施設、汚染管理区域内の休憩所やトイレを一般の原発並みに整備する。また、実働時間の確保と作業者の負担軽減のため、防護服や装備の改良、通勤バスの提供、モータープールの設置なども、あわせて行う。
今後、チェルノブイリ原発、スリーマイル島原発、東海原発、ドイツの原発などの調査を加え、福島第一原発廃炉のためのより良い体制づくりをすることが望まれる。