分裂する日米同盟(上):長期課題・欧州中東重視の米国

站谷 幸一

言葉上のレトリックはともかく、今や日米の戦略目標は真逆となっている。米国は、トマホークミサイル調達中止に代表されるように、2015年度以降の予算を見る限りでは、長期的課題対処・欧州中東重視となっているのに対し、我が国は、短期的課題対処・南西諸島重視を指向しているからである。本稿では、この事実を軍事予算や安倍首相側近の発言から論証し、いかに危機的な状況かを論じるものである。


1.予算が浮き彫りにする米国の国防戦略
(1)アジア重視戦略は破たんしたと国防次官補が発言

3月4日、マクファーランド国防次官補は、Aviation Week誌主催の防衛技術会議に出席し驚くべき発言を行った。彼女は「現在の国防予算の削減を踏まえて、アジア重視戦略を見直している。率直に言って実行できないからだ」「国防総省内部では、地域の同盟国への約束を果たす為のローテーションモデルを作成中である」と発言したのだ。

この発言の重大な点は2つある。第1は、Defense News紙も指摘しているように、「アジア重視戦略は、戦略上必要なので、どのような予算状況でも行う」というオバマ政権の姿勢を覆すものだからである。いよいよアジア重視戦略の破たんを公に認めたということである。

第2は、アジア重視戦略に代わって、ローテーション展開を行うとしている点だ。米軍におけるローテーション展開とは、在日・在韓米軍がそうであるような、兵士をその家族や装備品毎、常駐させる方式ではなく、定期的に米本土から装備品と兵士だけが交代でやってくる展開方法である。つまり、いつでも逃げ出せる上に、少ない部隊しかこないということである。

このような重大性を持った本発言は、日経新聞の秋田浩之編集委員も指摘するように、現職の国防次官補、それも装備品調達の責任者の発言ということで、ワシントンで大騒ぎとなった。マクファーランド国防次官補は慌てて、「ヘーゲル国防長官のアジア重視戦略の継続には予算上の難しいという発言を繰り返しただけだ。まさに今、その努力をしているのであって、アジア重視戦略は続く」と訂正コメントを出したが、トッド・ハリソン(戦略予算評価センター研究員)や共和党タカ派等はこれを本音としている。筆者も同感である。

(2)海軍用トマホーク調達中止の衝撃
オバマ政権は、今後の国防予算見積もりを明らかにした際、これまで毎年200発程度調達してきた、海軍のトマホークミサイルの調達を、2015年度は100発、2016年度以降は0発にし、調達を中止するとしたのだ。トマホークは、米国の軍事介入の中核を担ってきた装備であり、これを廃止するというのは、明白に対外関与をしないと言っているに等しい。

海軍側は、トマホークミサイルの備蓄は4000発あり、寿命延長や性能向上の為の改修も実施される予定なので問題はないとしている。しかし、イラク戦争では脆弱なイラク軍相手に800発、リビア介入では200発を使った。シリアでは、「防空システム」だけを破壊するのに360発が必要と見積もられた。北朝鮮や日中の紛争への介入となればこの程度ではとても済まないだろう。

加えて、後継の巡航ミサイルLRASMは未だ開発中で、初期運用能力(実戦投入可能な最低限の能力)を2018年に予定しており、いくつかの専門家も指摘するように2024年までは軍事介入の主力には出来ないだろう。しかも、トマホークミサイルが射程3000kmに対し、LRASMは800kmしかなく、内陸部への攻撃を困難としている。これらを考えれば、とても現在の備蓄だけでは足りないのがわかる。また、生産が中止となれば、ますます貴重となり、実際の残り以上に使用しにくくなるだろう。国際情勢とて不安定化の一途をたどっている。

勿論、空軍保有の別の対地巡航ミサイルはあるし、空母艦載機や空軍機からの爆撃もあるので対地攻撃手段がなくわるわけではない。そもそも、トマホークは生産工場が各地にあること等から米議会が予算を復活させ、トマホークの生産が継続される可能性も十分にあるだろう。実際、タカ派のマケイン上院議員は、この決定を「博打のようなもの」として強く疑問視している。

だが、既に述べたようにこうした事情にもかかわらず、生産中止を予算案に盛り込んだということは、オバマ政権は、当分、トマホークを使うつもりが無い、つまり、大規模紛争は絶対にしないし、小規模紛争もしないと明言しているに等しいのだ。

(3)欧州重視の戦力配備?
今月3日、ヘーゲル国防長官は、在欧陸軍を2個旅団から3個旅団へ増強を検討していると発言した。もし、これが実施されば、事実上のアジア重視から欧州重視の象徴となる。何故ならば、これまでオバマ政権は、アジア重視の事実上の一環として、在欧陸軍を4個旅団から2個旅団に削減し、しかも常駐ではなく、ローテーションで展開させていたからである。しかも、旅団を削減しているこの情勢でである

また、以下の図の様に、ウクライナ情勢の悪化は米軍の戦力を次々と欧州に吸引している。
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おそらく、ウクライナ情勢がどうなろうと、東欧諸国への安心供与の為には戦力をより展開させねばならない。となれば、この傾向は今後も続く可能性がある。

(4)2015-2019年度国防予算の見通し
先日、発表された、2015-2019年度国防予算の見通しには様々な注目点があるが、紙幅の関係もあるので、ざっくりと説明したい。以下の図をご覧いただきたい。
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地上戦力と航空戦力の調達及び研究開発予算が大幅に増えている一方、海上戦力、有人ヘリ、無人機関係の調達及び研究開発予算が相対的に伸び悩んでいるか、削減されているのがわかる。

詳細な分析はまたの機会に譲るが、全般的には海戦よりも陸戦関係の装備に注力していると言えよう。実際、2015年度予算案と併せて発表されたQDR2014では、中東情勢の重要性を強調している。

(5)長期的課題対処・欧州中東重視の米国の国防戦略
以上の動向を纏めると、米国の国防戦略は、2つの傾向を持っていると評価できる。
第1は、長期的課題対処を優先しているということである。米国は、(2)で指摘したトマホーク調達中止、触れなかったがA10退役や陸軍兵員削減を行いながら、他方では研究開発を継続している。つまり、現在の対処能力をある程度切り捨ててでも、長期的な分野を優先しようとしているのである。そして、現在の対処能力を切り捨てると言うのは、戦争が出来ない、ということも意味している。

第2に、アジアシフトから欧州中東重視に切り替わりつつあるということだ。(1)で触れたように、国防総省高官すら認めてしまったように、アジア重視は予算不足で難しい状況にある。また、(3)で触れたように欧州・中東の危機の深刻化を受けて、明らかに戦力が欧州方面に集中しつつある。他方、アジアはBMD艦が2隻増えるのみで、ブッシュ政権時に検討された空母2隻に比すれば寂寥としか言いようがない。そもそも、(4)で指摘したように、艦艇予算が伸びず、地上・航空戦力の予算が増加しているが、これらは乱暴な言い方をすれば、アジアというよりも欧州・中東で活躍するものと言えよう。

分裂する日米同盟(下):見捨てられる日本」に続きます。

站谷幸一(2014年4月16日)

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